第十七章 運営管理室
シュウイ達が南のフィールドでプレーリーウルフ狩りをしている頃、運営管理室では数人のスタッフがモニターの周りに集まっていた。いずれも呆れたという表情を隠そうともしていないが、うち数人の目には面白そうな色が宿っている。
「ボーラとはね……」
「一応、武器として採用するかどうかは検討されたんですよね?」
「あぁ。ただ、アーツとして独立させるほどには技量が必要でないと判断されて、αテストにも実装されなかった」
「それをこの子が復活させたわけか……」
「まぁ、SROには鎖鎌だってあるわけだし、発想としては似たようなものだからな」
「で、どうするんです?」
「何が?」
スタッフの質問に、チーフである木檜は質問で返す。
「いえ、ボーラの取り扱いです。スキルかアーツに昇格させないでもいいんですか? このままだと、スキルスロットを使用しない武器が登場する事になりますが?」
「この件に関しては、既に結論は出ているんだ。スキルやアーツ無しでもそこそこに使えるものを、無理矢理スキルやアーツに昇格させたところで、取得した場合のメリットが少ないだろう。プレイヤーの不興を買うだけだ」
「確かに……器用にウルフを絡め取っていますね」
「しかし……このプレイヤー、【投擲】スキルは取っていないんだろう? それにしちゃ上手く扱ってるじゃないか」
「あぁ、それは多分危害半径の問題だね」
スタッフの疑問に答えたのは徳佐というネームプレートを付けたスタッフ――以前に特撮がらみでシュウイを優遇した疑いを持たれた一人――であった。
「危害半径?」
「言葉が適切じゃないかもしれないけど……要するに、ボーラの場合、小さな石――この場合は錘――を当てる必要はないんだ。三個の錘を結ぶ縄が標的に当たりさえすれば絡み付くからね」
「成る程……縄の長さが七十センチなら、約一.五メートルの半径に捉えさえすればいい訳か……」
「致命傷を与える事はできないが、パーティプレイなら充分に使えるな……」
「スキル不要の使える武器。さて、ボーラの登場はどういう具合にゲームに影響するのかな?」
ワクワクした様子を隠さない木檜に対して、他のスタッフはげんなりとした表情を向けていた。
「……とりあえず目先の問題を片づけませんか? ボーラに関して、あの少年には何もスキルを与えなくて良いんですか?」
「いや……そうだな【投擲】スキルを与えておけ。Lv1のやつだ。それから、クロスボウについては予定どおりに」
「了解しました。クロスボウに関しては【弓術(基礎)】と【狙撃(基礎)】を与えておきます。
・・・・・・・・
同日、シュウイがナントの店を訪れた頃、運営管理室のスタッフはモニターを注視していた。
「このナントっていうのはβプレイヤーか?」
「オープンβ版のテストプレイヤーです。βテストで得た資金と人脈を引き継いでの参加ですね」
「彼は『トリックスター』ではないんだろうな?」
「違います」
「シュウイ君の影響って事だろうね。いや、面白い」
悦に入っている木檜と違い、その他のスタッフたちは深刻な表情を隠さない。
「面白がっている場合じゃありません。あのナントってプレイヤー、選りに選ってボーラを冒険者ギルドに持ち込むつもりですよ」
「店頭売りだけでなくギルドへの売り込みか……遣り手だなぁ……」
「一気に知名度が広まるぞ?」
「プレイヤーは挙って飛びつくんじゃないか?」
「飛びつきもするだろうさ。戦闘職も魔法職も関係なく使える、スキルを必要としない遠距離武器だぞ? 当たれば儲けもの。外れても硬直などのペナルティは無し、クーリングタイムも存在しない。飛びつかない理由がどこにある?」
「冒険者ギルドが採用するとなると……NPCも無視はしない筈って事になりますよ?」
「それだけじゃない。あの商人め、生け捕りだとか、新しい需要を掘り起こすとか、物騒なワードを呟いていやがった」
騒然とするスタッフ一同を見回した木檜が皆を一喝する。
「静かに! この件については俺の方から上に報告しておく。設計や営業の連中とも話を詰めなきゃならんが、第二陣の参入に関連したアップデートの内容が少し変更になる可能性を考えておいてくれ。俺はログアウトしてお偉いさんに会ってくる」
この時代のVRゲームでは珍しくないが、SROの運営管理室もVR空間内にある。プレイヤーの体感時間を加速している関係上、通常空間にいてはゲームの進行スピードに対応するのは困難と判断されたためである。なので、現実空間にいる人物に会うためには、その都度ゲームをログアウトする必要があった。
・・・・・・・・
「ボーラがね……そんなところまで影響するとは……」
「我々としても予想外でした。まさか序盤からNPCやシナリオの設定変更まで必要になるとは……」
「その、ナントというプレイヤーは『トリックスター』ではないのだね?」
「違います。しかし、シュウイ少年という『トリックスター』に触発されて、二次的に『トリックスター』のような発想を得た可能性は否定できません」
「真の『トリックスター』とはそこまでのものか……」
「ナントというプレイヤーについては今後も監視していくつもりですが……それよりも今はボーラの件です。設定変更となると、早いうちに関係部署と折衝を始めませんと、アップデートに間に合いません」
「解った。それは私の方でやっておく。君たちは今後も彼……いや、彼らの言動に注意して、新しい動きが見られたら報告してくれ」
「かしこまりました。では、失礼します」
木檜が退室した後で、部屋の主は深い溜息を一つ吐くと、電話をかけ始めた。




