第百八章 トンの町 13.東のフィールド~【追跡】~(その2)
シュウイの不満が聞こえた訳ではなかろうが、その目の前に【鑑定EX】の画面がポップアップする。
【スラストボアの足痕】 フィールドサイン 足痕
タイプ:蹄行性 状態:新鮮
あぁやっぱりスラストボアで合ってたのか――という思いと同時に、成る程、【追跡】は【鑑定】と併用する事で使い勝手が上がるのか――と納得するシュウイ。しかし、運営の方ではそんな面倒な真似は考えていなかったらしい。続いて【鑑定】画面の隣に、徐にポップしたのは【追跡】の画面であった。
周囲の警戒は従魔たちに任せて、【追跡】の説明を読み込もうとしたところで、画面の上部で何やらチカチカと点滅しているテキストがあるのに気付く。はてねとそちらに目を遣ると、
《【追跡】と【鑑定EX】でデータの共有を行ないますか? 行なうのならチェックボックスにチェックを入れて下さい》
《共有を解除する場合は、どちらかのスキルで「データの共有」タブを選択し、チェックを外して下さい》
「――へ?」
暫しの間その目をパチクリとさせていたシュウイであったが、どうやらこれは【追跡】の利便性を上げるためのオプションであるらしいと気付く。幾らあの運営が悪辣だとしても、こんな場面で罠やペテンを仕掛けるような真似はしまい。なら、ここはチェックを入れる一択だ――と、然して悩みもせずにチェックを入れる。と――【鑑定】画面が吸い込まれるように【追跡】の画面に取り込まれる。これでデータの共有が成立したらしい。
少しは詳しい情報が表示されたかと思って、画面の説明文を読んでいたのだが、
「……何だろ? 『足跡』のところと『足痕』のところがあるんだけど……」
〝表記の揺れ〟というやつかとも思ったが、あの運営がそんな手抜かりをする筈が無い。……いや、開発の終盤にはデスマーチとデスマラソンとデスアタックのオンパレードだったそうだから、その時の修羅場の残り香だろうか? 些細な事ではあるのだが、こういう些細なところに罠を仕掛けるのもここの運営である。チュートリアルダンジョンで学習した筈ではないか。
注意深く画面を見直していると、「用語集」というタブがあるのに気が付いた。それを開いて読んでみると……
「へぇ……『足痕』っていうのは一つだけの場合で、『足跡』はそれが続いた一連のものを指すのかぁ……。英語だと『足痕』はprintで、『足跡』はtrackになるんだね……」
思いがけないところで英語のトリビアを学んだシュウイ。納得しつつ地表に目を遣ると、淡く発光している「足痕」が転々と「足跡」を成しているのが目に入る。――と同時に、【追跡】の説明文が更新される。
【スラストボアの足跡】 フィールドサイン 足痕・足跡
タイプ:蹄行性 四足歩行 状態:新鮮 状況:疾走(襲撃)
へぇぇと感心したシュウイが思わず視線を落として蹲み込む。と――少し先の「足痕」の傍らで淡く発光しているのは新鮮な小枝。案ずるに、スラストボアが突進して来た時に、その勢いで折り飛ばしたものだろう。思わず辺りを見廻すと、確かに枝先の折れた低木があった。こちらも淡く光っている。芸の細かさに感心し、かつ呆れていると、三度説明文が更新される。
「……折れた枝の位置で、スラストボアの体高が推定できるのか。……伊達に細かな演出をしてる訳じゃないんだな……」
件のスラストボアは既にシュウイのアイテムバッグに納まっているが、そうでなくともこの【追跡】スキルがあれば、獲物の大きさが推定できる訳だ。成る程、これは何とも役立ちそうなスキルではないか。
今回は狩るべき獲物は既に狩り終えているし、そろそろ日暮れも近いので、「足跡」を逆に辿るのは止めておく。
この辺りのモンスターは大体出現する場所が決まっているし、エンカウントするなり襲いかかって来るようなものが多いので、【追跡】スキルの出る幕は少ないかもしれぬ。しかし、いずれは隠れん坊の巧い獲物を狩る機会も訪れるだろうし、その時のためにスキルのレベルは上げておくべきだろう。
(それに……狩るべき〝獲物〟はモンスターとは限らないしね♪)
楽しげなシュウイの脳裏に兆すのは、嘗て北のフィールドでPKを美味しく狩った時の事、そして、盗賊の隠れ処の跡地を発見して、そこで「マーリンの薬匣」を始めとするお宝を拾った時の事。あの時は【落とし物】が良い仕事をしてくれたが、今回この【追跡】が加わった事で、発見の確率は更に上がった筈。上手くすればPKを、一網打尽に狩り尽くす事すらできるかも……
気の利いたPKプレイヤーは既にトンの町から逃げ去っている事など、知らぬが仏のシュウイなのであった。




