第百六章 その頃の彼ら 5.バランド薬剤店
「ふむ……ダンジョン――か?」
ところ変わってこちらはトンの町。ダンジョンシステム解放のメッセージを聞いたナントが、仕入れついでにバランド薬剤店を訪れて、情報収集のためバランドに話を振ったところである。
なお、プレイヤーの間に流れたメッセージであるが、NPCたちの間には流れない仕様になっている。βテスターとしてその辺りもちゃんと呑み込んでいるナントは、世間話を装ってバランドに話を振ったのであったが……
「若い頃に何度か潜った事があるのぉ……あの頃は儂も若かった……」
遠い目をして語り出すバランド。気の短いプレイヤーなら長くなりそうな昔語りを遮って、短兵急に情報のみを求めるであろうが、住民たちと好い関係を築いているナントは、そんな下手な真似はしない。ネタを訊き出すのに焦りは禁物とばかりに、ノンビリと茶を啜って話に付き合う。リアルでも祖父ちゃん祖母ちゃんたちのお気に入りであるナント、年寄りの相手はお手のもの。
暫くの間そんな感じで取り留めも無い会話を続けていたところ、そう言えば――という感じで、
「儂の若い頃はダンジョンの殷賑期であったからな。今よりもダンジョン産の素材も多く流通しておったのじゃよ」
――聞き捨てにできぬ話が飛び出して来た。
「殷賑……ダンジョンの活動が今よりも活溌だったって事ですか?」
「うむ。各々のダンジョンが活溌であっただけではのぅて、ダンジョンの数も多かったな。お蔭でダンジョンの素材も多く得られておった」
「……スタンピードとかの被害は?」
「ほとんど無かったように憶えておる。何しろ、ダンジョン目当ての冒険者たちが鵜の目鷹の目血眼でダンジョンを探し廻っておったからな。見つけ次第に素材目当ての冒険者が突っ込んで行きおるゆえ、ダンジョンも危険なまでに成長する暇も無かったようじゃ」
「はぁ……そうなんですか」
素材を扱う商人としても聞き捨てならぬ話であるが、それ以前に……
「あの……すると、今はダンジョンの活動は……?」
「ここ暫くは落ち着いておる……と言うか、停滞期に入っておるようじゃな。素材の方もとんとご無沙汰しておるし」
「素材が流通してないという事は……冒険者たちもダンジョンを探していない?」
「そりゃそうじゃろう? 有るか無いかも判らんダンジョンを探して廻るより、実入りの好い獲物がおるじゃろうしな」
……それはつまり、冒険者たちの目を逃れたダンジョンが、今この瞬間にもどこかでひっそりと成長している……という事ではないのか?
「まぁ、そう言われればそうじゃが……スタンピードの被害を心配しておるのか?」
「そりゃまぁ……あれは酷い被害が出ると聞きますし……」
「ふむ……じゃが、そこまでの心配はせんでもよかろう」
「なぜです?」
「冒険者たちとて間抜けではないからの。ダンジョンを見つければ即座に動く。未だに発見の報告が無いという事は、冒険者たちの活動域――つまりは町の近くにダンジョンが無いという事じゃ。人跡稀な山奥でなら、スタンピードの被害も大きくはない。……町に住んでおる者の、手前勝手な言い分じゃがの」
ノンビリしらりと言い切るバランドであったが、既に〝ダンジョンシステム解放〟のメッセージを目にしているナントとしては、そう安心してもいられない。ちなみにSRO世界では、プレイヤー向けに流れたメッセージそれ自体は、住民には認識できない仕様となっている。
「……じゃぁ、この辺りにダンジョンがあるとかいう話は無いんですね?」
「まぁ、儂のところに聞こえて来るのは、素材絡みでの話じゃしの。冒険者ギルドで内々に話されておるような事は判らんが……少なくともギルドから、ポーションの製造を増やしてくれ――などという依頼は来ておらん」
それなら当面は大丈夫か?――と安心しかけたナントであったが、
「……ふむ? ……そう言えば……」
「……何です?」
「……いや……ナンの町におる弟が、何やらおかしな場所の噂を話しておったようじゃが……あの時は二人とも酒が入っておったしの。……能ぅ憶えておらんのじゃが……」
自分は何かのフラグを立ててしまったのだろうか――と、密かに悩むナントであった。




