第百五章 トンの町 5.微睡みの欠片亭(その2)
少し長めですが、切りの好いところで切れなかったので。
シュウイは改めてスキル欄に目を遣った。
「この……どこから出て来たのか判らない、拾得スキルの事だよね……」
シュウイが視線を向けた先には、【魔力消費低減】【魔力察知】【耐久力上昇】【打撃力上昇】【ファイアーランス】【梟の目】【追跡】【利き酒】というスキルが並んでいた。それだけなら【スキルコレクター】が頑張ったんだろうで済みそうなものだが……
「……これって……別にレアスキルとかじゃないよね?」
比較的珍しいスキルには違いないが、レアスキルと言うほどのものではない。最後の【利き酒】を別にすれば、SPを支払って普通に入手する事ができるスキルばかりである。しかし、【スキルコレクター】によってコモンスキルの取得が制限されているシュウイにとっては、或る意味で何物にも代えがたい〝レア〟スキルであった。
【スキルコレクター】の仕様に変化があったのかとチェックしたみたが、特段に変更があったとは思えない。となると、これは【スキルコレクター】の仕様変更によるものではなく、キャンプという行動によって引き起こされたという事になる。その有力な容疑者たり得るものと言えば、あのチュートリアルダンジョンしか無いではないか。
「……ダンジョンって、PK狩り並みかそれ以上に美味しいなぁ……」
比較の対象がおかしいと突っ込みを受けそうだが、シュウイにしてみれば妥当かつ正当な判断である。ニンマリと北叟笑んだシュウイであったが、何の気無しに見たログの内容に眉を顰める事になった。
「……この時間って……ダンジョンにいた時じゃないよな?」
各スキルの拾得時刻をログで確認してみたところ、それらはダンジョン内で拾得したものでも、フォンの切り通しで拾得したものでもなく、キャンプの行き帰りに拾ったもののようだ。訳が解らず首を傾げたシュウイであったが、とりあえず自分に不利益は無いようだし、気にする必要は無いかとスルーを決める。こんな入れ食い状態が続くようならまた考える必要も出て来ようが、今のところはただ儲けものだと思って利益を享受していればいい。……自分の不利益にならない事では、シュウイは割と大雑把な性質であった。
ここで読者のために種明かしをしておくと、この事態を招いた張本人は「スキルコレクター」たるシュウイではなく、意外な事に瑞葉であった。とりあえず先に結論だけを言ってしまえば、これらのスキルは全て瑞葉が拾い、不要と断じて捨て去ったものなのである。
読者は憶えておいでであろうか? 嘗てファミリーレストラン「ファミリア」で、要が瑞葉の所業について、困惑混じりに語った内容を。〝【料理】とか【解体】とか【採掘】とか【跳躍】とか【会心の一撃】とか【耐久力上昇】とかを、別に要らないかと思って捨てたらしい〟――と語った日の事を。
そう。SROにおける瑞葉の目的は農業と園芸。そんな彼女にとって有用なスキルとは、すなわち農業・園芸に資するスキルの事を指す。幾ら有用と持て囃されようとも、戦闘スキルや生産スキルは端からお呼びでないのである。よって、彼女は拾得したそういうスキルを、拾った先から惜しげも無く捨てているのであった。
さて、ここでシュウイの持つユニークスキル【スキルコレクター】の特性について触れておこう。この曲者スキルはレアスキルの蒐集に血道を上げ、コモンスキルは気高くスルーするという迷惑な特性を持っているのだが……さすがに目の前で捨てられたスキルを無視するほど捻くれてはいなかった。よって瑞葉が捨て去ったコモンスキルは、同行していたシュウイが片端から回収する事になっていた。
これが、シュウイをして困惑せしめたコモンスキル拾得の裏事情であった。
さて、そうすると次に疑問となるのは、どうして瑞葉はそこまで有用スキルを拾得できたのか――という一点に尽きるであろう。
タネを明かせば、これは彼女のキャラクタークリエイト時に遡る事情があった。
実は、SROにおけるステータス値はマスクデータではないが、プレイヤーが直接に管理する事はできない仕様になっていた。唯一の例外がキャラクタークリエイト時で、この時はプレイヤーが自身のステータス値を配分できるようになっていた。瑞葉も他のプレイヤー同様にステータス値の割り振りを行なったのであったが……
〝ステータス値……能く解らないけど、農業には攻撃力とか防御力とかは……必要じゃないわよね、うん〟
――という、身の程知らずの大英断によって、その手のステータス値は軒並み低い値となっていた。まぁ、攻撃力すなわち筋力については、農作業に必要かもしれないと思い直して、或る程度の数値は確保したのであったが。
では、基礎ステータスを軒並み低い値に据え置いた瑞葉が、その分のポイントをどこに割り振ったのかというと、あろう事かこれが幸運値であった。植物の栽培や品種改良、稀少種や珍種の入手には運も必要であるとの確固たる信念の下に、彼女は幸運値にプチ極振りしたステータスを拵えたのであった。
ちなみに、キャンプに行くと決まった時点で、それには体力が必要ではないかと気付いた瑞葉が、慌てて課金までしてステータス値を上げていたのであったが……今はその話は措いておこう。
それでは、キャラクタークリエイト時に決定されたステータス値はそのまま据え置かれるのかというと、勿論そんな事はない。プレイヤーのレベルアップに伴って、ステータス値もそれぞれ上昇していくのだが……その割り振りは基本的に管理AIに任せられているのであった。
とは言え、プレイヤーの意向を管理AIに伝える仕組みが無い訳ではない。例えば筋力や走力のトレーニングを行なう事で、それを攻撃力や敏捷値の上昇に反映させる事は可能になっていた。
では、そういったプレイヤー側からの意思表明が無い場合にはどうなるかと言うと、これは基本的に二つの指針に従う事となっていた。
まず第一に、特定のステータス値が歪なまでに低くなっている場合は、その数値を――或る程度までは――優先して補正するようになっていた。
それ以外の場合はと言うと、基本的にプレイヤーが設定したステータス値のパターンをそのまま踏襲するように……言い方を変えれば、初期のステータスチャートを維持するように、増加分の数値を割り振る仕様になっていた。
さて、ここで瑞葉のステータス値について見てみよう。彼女もそれなりのレベルアップは果たしているため、ステータス値は初期の値から増加している。
ただし、SRO開始からつい最近まで種子の発芽に成功していなかった事もあって、行動の成果をステータスアップに反映させる事はできていない。つまり、初期のステータス配分パターンは変更されていない。換言すれば、彼女は依然として幸運値特化のステータス構成のままである。
そしてその――称号による補正継続中のシュウイには劣るにしても――高い幸運値によって、彼女は「有用な」スキルを次々と拾得していたのであった。……実際にはそれらは瑞葉によって、不憫にも「不要」と断ぜられていたのであるが。




