第百四章 成り行きダンジョンアタック 18.チュートリアル~ラストステージ~(その5)
【鑑定】で胞子は作らないと出ているが、戦闘中に突然成熟して胞子を撒き散らす……などという展開もあり得なくはない。叶う事なら近寄りたくないのが人情である。
「あ、いえ。僕の【錬金術】が少し変わっているせいなのかもしれませんけど……毎晩【分離】を使ってるうちに、離れた位置からでも使えるようになったんですよ」
「……何?」
離れた位置から【錬金術】のスキルを使うなど、そんな酔狂な真似はした事が無いから判らなかった。……が、半信半疑でテムジンが試してみたところ、
「……確かにできるようだな」
「何でこんな事ができるのかは判りませんけど」
「……多分だが、危険な素材を扱う時のためじゃないか?」
「あ……成る程」
二人が確認したとおり、SROではスキルの熟練度を上げる事で、離れた位置からスキルを行使する事ができるようになっている。テムジンが看破したとおり、上級になるほど危険な素材を扱う機会が増えるため、その対策として設定されたものであった。……まぁ、切っ掛けとなったのは、【錬金術】のスキルで遠隔攻撃とかできないか――という能天気な発想からであったのだが。
ともあれ、シュウイが試しに離れた位置からこっそり【分離】のスキルを使い、キノコ人間から水を抜いてやったところ、哀れ見る間に萎んでいって……
「……あっさり討伐できちゃいましたね」
「【錬金術】を持っていないとできない方法ではあるが……」
ともあれ、討伐できるのなら問題無いと、二人はサクサク【分離】を使い、キノコ人間を始末した。
「ドロップ品は魔石ですね。……キノコとか落とされたらどうしようかと心配してたんですけど。……さっきのゴブリンもそうでしたけど、ダンジョンのモンスターって魔石しか落とさないんでしょうか?」
「さて……ここがチュートリアルダンジョンだからという可能性もあるが……ダンジョンのモンスターは外のモンスターとは違っているというのも、ゲームでは割と見かける設定だな」
「フォンの切り通し」のモンスターは魔石以外の素材も落としたが、ダンジョンのモンスターはこれまで魔石しか落としていない。場合によってはこの事も、掲示板に流した方が良いかもしれない。
「それにしても『アゴンタム』とは……また物議を醸しそうな名前を……」
「え? ……あ、MAT●NGOのアナグラムなんですね」
・・・・・・・・
シュウイとテムジンが流れ作業然とキノコ人間を始末している時、その裏では運営管理室の面々が頭を抱えていた。まぁ、能くある光景である。
「……参った。あんな方法があるとは……」
プレイヤーの前に立ち塞がる難敵として、自信を持って送り出した筈のキノコ人間。それがいともあっさりと片付けられたのを見て、一同渋い顔である。
確かに、ここで投入したのは未成体であり、胞子を撒き散らす事はできなかったのだが、
「離れた距離から乾燥処理を受けたんじゃどうにもならん」
「……【ファイアーボール】など火による攻撃は有効だが、爆風で胞子が撒き散らされる……っていう仕掛けになっていたんだが……」
撒き散らされた胞子をプレイヤーが吸い込んで被害が拡大する――という展開を期待していたらしい。相変わらず悪辣な連中である。しかし――
「スキルによる乾燥処理じゃ爆風は発生しないからな。……盲点だった」
「いや、しかし【錬金術】を取得しているのはほとんどいないだろう。これは例外的なケースじゃないのか?」
「いや……確かに【錬金術】持ちはほとんどいないが……【調理】スキルでも素材の脱水乾燥はできた筈だ……」
「……離れた位置からも……か?」
「【調理】スキルのレベルが上がったら……」
「直ぐに確認しろ!」
慌てた同僚たちが走り回っているその横で、不吉な言葉を吐いた者が一人。
「……なぁ……スキルの中に【遠距離発動】っていうのが……無かったか?」
「――!」
「……言われてみれば……あったような気が……」
「レア度は!? レアスキルなのか!?」
「……いや……そこまでレアじゃなかった気が……」
スタッフたちが頭を抱えているのを虚ろな目で見ていたセカンドチーフの大楽が、管理室長の木檜に目を遣った。
「……どうします? 木檜さん」
「……この情報は直ぐに拡散するだろうし、今更変更するわけにもいかん。【遠距離発動】のレア度を変えるという手はあるが……こちらもあまり推奨はできんだろう」
「処置無しですか?」
「……幸いに投入したキノコ人間は未成体という事になっている。成体になったら耐乾性が増すとかに設定し直して、乾燥処理の効果を少し下げよう。特効でないとしておけば、そこまで予定は崩れんだろう。……あまり褒められた遣り方じゃないがな」
「爆風で胞子を撒き散らすという、キノコ人間の持ち味が封じられませんか?」
「【遠距離発動】の有用性に気付かれなければ、何度か出る幕はあるだろう」
そう言う木檜本人も、あまり期待はしていないようであった。それに加えて、
「そういう時に限って、『スキルコレクター』が何かしでかすような気がするんですけど……」
その可能性――と言うか、予定調和的未来――をひしひしと感じているスタッフたちは、無言で立ち尽くすのみであったという。




