第百四章 成り行きダンジョンアタック 17.チュートリアル~ラストステージ~(その4)
新弟子二人と先鋒を交代してから、危なげなく慎重に前進偵察を行なっていたモックであったが、やがて足を停めると静かに駆け戻って来た。
「変なやつらがいます」
「変なやつら?」
重厚な警戒スキルと【鑑定EX】持ちのシュウイがこっそりと偵察に赴くが、
「……成る程、変なやつらだね」
「でしょう?」
洞窟の先の暗がりには、奇妙な人型の何かが数体モタモタと蠢いていた。その形も大きさも不揃いで、動きも到底スムーズとは言い難い。
それらの正体を【鑑定EX】で見ていたシュウイは、撤退するようモックに身振りで指示を出す。ついでにテムジンを呼んでくるようにと。
「……成る程。些か扱いに困るものが現れたな」
「ですよねぇ……」
シュウイとテムジンが困惑して眺めているものの正体は――
《アゴンタム(キノコ人間):アゴンタムというキノコを一定以上の量食べるか、或いはその胞子を一定以上の量吸い込むかした人間が感染して、キノコと化したモンスター。【鑑定】している個体は何れも未成体で胞子を造る事はできない。アゴンタムはキノコの名であると同時に、このキノコに寄生・侵蝕されてモンスターと化した人間を指す言葉でもある。》
「テムジンさん、今までにこのモンスターの事は?」
「いや、見た事は無論、聞いた事も無い。シュウイ君は?」
「僕もありません」
トンの町はチュートリアルを目的として用意された場所なので、そこに出て来るモンスターも大抵のタイプが揃っている。シュウイもこれで歴戦の狩人なので、大概のモンスターは血祭りに上げた経験があるのだが、それでもこの手のモンスターに遭遇した事は一度も無いし、βプレイヤーの友人たちから聞いた事も無い。
「ただ珍しいだけならともかく、胞子で感染とかあるのが気になるんですよね……」
「確かにな。パンデミックを暗示するような記述だ」
ここの運営がこういう書き方をしているという事は、その手のイベントが用意してあるという事だろう。当然、対処の方法やアゴンタムの弱点なども気になるが、
「……もう一つ、本来ならこのキノコ人間はどこに出るのかという点も気になるな」
「え? ダンジョンのモンスターじゃないんですか?」
「そうは書いてないだろう。〝キノコを食べて感染〟という箇所が気にならなかったか?」
「……あ、キノコ人間として出現するんじゃなくて、ただのキノコとして出現する?」
「ここの運営なら、それくらいの事はやるだろう」
成る程。これがモンスターでなくただのキノコとして出現するとしら、その危険度は倍増どころではない。気付かれぬうちに村一つがキノコ人間の巣窟……などという展開もありえるではないか。
「最悪なのは感染が進行中の村を訪れて、そこで地元料理として出される事だな。……あの映画にインスパイアされたのなら、十中八九美味いんだろう」
「……足下にひっそりキノコが生えていて、気付かないうちに胞子を吸い込む……なんて可能性もありそうですね……」
「ついでに言うとこういう生態なら、人間だけに寄生するとは限らん」
「うわぁ……モンスターを討伐したら、ドロップ品がキノコだった……なんて事も?」
「……無いとは言えないな。ここの運営の事だから」
運営の評判はさて措いて、こういう事情なら一刻も早く情報を拡散すべきだろうが、
「そのためにも、どこに出るかという情報は欲しいんだが……」
「そうか……ここってチュートリアルダンジョンだから、チュートリアル用のモンスターをどこから持って来たのかが……つまり、あのキノコ人間の本来の棲息地点がどこか、判らないんですね?」
「自分の【鑑定】では、棲息地までは表示されなかった。シュウイ君はどうだ?」
生憎とそういう仕様らしく、シュウイの【鑑定EX】でもそれは同じであった。
「ついでに言うと、弱点とか駆除法・消毒法も表示されませんでした」
「SRO、モンスターの弱点は表示されない仕様だからな。アレがキノコである事を考えると、熱や乾燥には弱いんじゃないかと思うが……」
定番と言えば定番の設定である。ただし残念な事に、シュウイはちゃちな――註.シュウイ視点――【火魔法(オーク)】しか持っていない。ダメージソースにはなるだろうが、消毒を兼ねた焼却処理となると些か心許無いのは事実である。
「自分は鍛冶職だから、それなりに【火魔法】は使えるが……ここが洞窟型のダンジョンという事を考えると、盛大に火を燃やした場合……」
「……あ、酸欠の可能性……」
「あぁ。ここの運営ならそれくらいの罠は考えそうじゃないか?」
底意地の悪い事に、SROにおいてはこれまで洞窟というものがほとんど出現していない。それを訝るプレイヤーも多かったが、ダンジョン攻略の経験を積ませないためと考えれば納得がいく。つまり、洞窟内で派手な火魔法を使った場合に何が起きるか、その検証は為されていない。
さてどうしたものかと考えていたところへ、一案を出したのがシュウイであった。
「テムジンさん、【錬金術】の【分離】で水を抜いてやるのはどうでしょうか?」
「【錬金術】?」
テムジンも特殊鋼製作のために【錬金術】を取得しており、お手軽な練習法として果実水の製作を教えられてからは、毎晩のようにそれを作って愛飲していた。なので【分離】で水を抜くのは最早お手のものではあるし、それでキノコを乾燥させるというのも理解できるのだが、
「そのためには、あのキノコ人間に接触しなくてはならないだろう?」




