第百四章 成り行きダンジョンアタック 15.チュートリアル~ラストステージ~(その2)
「……ゴブリンアサシンか。上位種が、しかも姿を隠して奇襲を仕掛けてくるとは……中々手の込んだチュートリアルをしてくれるな」
狙われた二人にとっては実戦と変わらないように思われたが、テムジンに言わせれば、これでもまだ〝チュートリアル〟の範疇らしい。実戦ともなればゴブリンアサシンの奇襲に合わせて、ゴブリンアーチャーやゴブリンマジシャンの遠距離攻撃が加わり、更に背後からのバックアタックもあり得るそうだ。奇襲に続いて数の暴力というのが、ゴブリンの基本戦術であるという。
「このチュートリアルダンジョンはそこまで広くもないし、枝分かれした支洞も無い。ゴブリンに包囲される事は少ない構造になっているな……今のところは」
「この先ダンジョンの構造が変わったら、要注意って事ですね」
「そういう事だ。……そこの二人も解ったな?」
「それじゃ続けて行ってみようか♪」
「「うへぇ……」」
テムジンの鬼軍曹――リアルでの階級はもう少し上――っぷりは予想していたが、シュウイの鬼教官ぶりも中々である。さぞやモックとエンジュの二人も苦労しただろう。聞いたところでは、スタンピードを前にして発声練習を強いられたというが……?
我が身の不運を嘆きつつ、それでも〝不幸なのは自分たちだけじゃない〟という想いはある種の心の安定――諦観とも言う――をもたらすようで、それなりに落ち着いて先鋒を務める新弟子二人。
しかしチュートリアルを管掌するAIは、ここで新たな手を打ってくる。その贄に選ばれたのは瑞葉であった。
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ベテラン顔負けの【隠密】スキルで、ここまで姿を隠したまま移動してきた瑞葉であったが、ふと目を遣ったその先に、見過ごす事のできないものを見つけてしまう。通路の先に見た事の無い植物が生えており、しかも採集ポイントである事を示すようにそこが発光しているのである。
理性も自制も恐怖も警戒も吹っ飛んで、ものも言わずに飛び出す瑞葉。戦闘中に採集ポイントを表示させる事で、攻略者の気を逸らして行動を乱すというダンジョン側の作戦であったのだが……この時ターゲットに選ばれたのが瑞葉であった事が、計略の全てを裏目に引っ繰り返す事になった。
……人選の失敗を論うのは後知恵というものであろう。一行の中で採集ポイントに目を奪われて突進しそうな一番の適格者であったのは事実なのである。なお、素質という点ではエンジュも人後には落ちなかったのであるが、こちらはその傍らに控えているモックが素早く制止するのが目に見えていた。
ともあれ、ダンジョン側の策略に――ここまでは――見事に引っ掛かった瑞葉が、ものも言わずに飛び出したのであったが……【隠密】で姿を隠したままの瑞葉が無言で飛び出した事で、話はややこしい展開を見せる。
結論から言えば、同じくステルススキルで姿を隠して一行を狙っていたアサシンが、頃合いと見て襲いかかったまさにそのタイミングで、瑞葉が横合いからのタックルをかます形になったのである。なまじ高い隠形系スキルを持っていたため、双方ともが互いの存在に気付かなかったという……笑うに笑えないアクシデントであった。……なお、この展開にシュウイの「遊び人」が関与していたのかどうかは定かでない。
「うわっ!? 何だ!?」
「瑞葉さん!?」
「えっ!? どうして?」
「話は後! ゴブリンアサシンだよ!」
「隠形系のスキルを持ってます! 気をつけて!」
予想外の衝突事故で双方ともスキルが解除され、転倒している二名の姿が露わになる。一同が驚愕したのは無論であるが、それはAIも同じであった。狡猾な罠で不意打ちを仕掛けるはずだったのが、一転して仕掛けられた形になった訳であるから、そりゃ驚くのも無理からぬ展開である。スキルで姿を消しての奇襲にはこういうデメリットもあるのかと、AIながらも感心するのであった。
一方、どうにか狼狽から立ち直って、姿を消しての遁走に移ろうとしかけたゴブリンアサシンであったが、
「えぃっ!」
「エンジュさん! お見事!」
「……え? カラーボール? どこでそんなもの……」
「よしっ! これならどこにいるかが丸判りだ!」
エンジュが投げ付けたカラーボールが見事にゴブリンアサシンに命中し、付着した染料のせいで身を隠す事もできなくなったゴブリンアサシンは、哀れタコ殴りにされて戦場の露と消えたのであった。
「……お手柄だったけど……どこでそんなもの手に入れたのさ?」
「あ、ナントさんの店で。ステルス系のモンスターが出て来たら役に立つからって」
「念のために買っておいたんですけど、早速役に立ちましたね」
「ナントのやつ……そんなものまで仕入れていたのか」




