第百四章 成り行きダンジョンアタック 8.運営管理室
ここで少し時間を遡って、シュウイがチュートリアルダンジョンを掘り当てた時の、運営管理室の様子を覗いてみよう。
さぞや怒号が渦巻いているのだろうと思いきや、案に相違して、室内を覆っているのは諦観であった。
「……まぁ……何となく想像はしてたよな……」
「あぁ、具体的ではないにせよ……な」
ただでさえ「トリックスター」っぷりを全開にしている「スキルコレクター」が、曲者振りでは引けを取らない「遊び人」のジョブに就いているのだ。おまけに複数のクエストを遂行中という事で、『神に見込まれし者』称号が幸運値を盛大に底上げしまくっている。
「……何が起きるかの予想は付かなかったが、何かが起きる事は確信できていたよな……」
――という、覚悟と言うか諦めと言うか無力感と言うか敗北感と言うか……ともかく、そんな空気がこの時の運営管理室を支配していた。
とは言えそんな彼らにしても、シュウイがチュートリアルダンジョンを掘り当てたのは、さすがに意外だったようである。
「……何でまたチュートリアルダンジョンが、トンの町近郊になんか出て来るんだ?」
「ダンジョンを置いた場所は、基本ナンの町より先だったよな?」
「あぁ、あまり序盤に置くと混乱しそうだったからな。或る程度経験を積んでから入らせた方が良いという事になったんだ」
なのにゲームの序盤も序盤、トンの町の郊外にダンジョンが出現した訳である。だからどうだという問題ではない――何しろユニオンを率いているのは、βプレイヤーと「トリックスター」である――が、運営側の想定外なのは間違い無い。
「チュートリアルダンジョンの出現位置は、ランダムで決まるようにしていたから……」
「序盤だろうが終盤だろうが、お構い無しだった訳か」
「あぁ、正規ダンジョンがオープンした後でもポップするようになってたくらいだ」
――という彼らの会話からも判るように、このチュートリアルダンジョンなる代物は、SRO内でランダムに出現する仕様になっていた。
何でこんなものを創ったのかと言うと、その理由は〝何となく面白そうだったから〟という一語に尽きるのであるから、SROの開発陣も、それにOKを出した上層部も、これは等し並みに大概である。
まぁ、それは今更だから措くとして、このチュートリアルダンジョンの目的は、名前のとおりSROにおけるダンジョンのチュートリアルを行なう事にある。
よって、正規のダンジョンとは違って仮設構造物扱いになっており、一回クリアしたら消える――正確には他の場所へ移動する――ような仕様となっている。正規のダンジョンと同じようにドロップ品なども得られるのだが、攻略の容易なチュートリアルダンジョンを周回して荒稼ぎ……という、狡っ辛い真似はできないようになっている。
「だから……仮令チュートリアルダンジョンを解放したのが『トリックスター』だとしても、問題は生じない筈なんだが……」
「そういう甘い期待を悉く裏切ってくれたのが、あのシュウイというプレイヤーだからなぁ……」
これまでのシュウイの戦果――と言うより前科――に鑑みて、今回も何かをやらかすのではないか、否、きっとやらかすに違いないと、戦々恐々……を通り越して、諦めの境地に至りつつあるスタッフたち。ワクワクした表情でモニターを眺めている木檜と徳佐は非主流派である。
「……彼が何かをやらかすのは確実だとして……何をやらかすと思う? いや、と言うか……彼がやらかして困る事というのは、何か思い付くか」
「所詮はチュートリアルダンジョンだからなぁ……特に凝ったギミックは仕掛けてない筈だし……」
「徳佐、大楽、何も仕組んでないよな?」
疑いの目で見られた二人は不本意という表情を隠さないが、そんな事で一同の疑惑の念を払拭できる筈も無い。特に大楽は、虫も殺さぬ良識派の顔をしておきながら、【死霊術】取得の裏ルートなんてものを仕込んだ前科がある。向けられる疑念は故無きものではなかった。
「「何も仕込んではいない」――てか、チュートリアルダンジョンを設計したのは俺らじゃないぞ?」
「まぁ、それはそうなんだが……」
「念のために確認はしておかなくちゃな」
「木檜さんは何か聞いていますか?」
一同の視線は管理室チーフの木檜に集中するが、
「いや……特に何も聞いてはいない」
「以前『東の泉』に出たような、変なNPCも配置されてないんですよね?」
「……その件についても聞いた事は無いな」
だとすると、想定し得る出来事は、
「……ドロップ品ぐらいか?」
「彼の引き当てるドロップ品は規格外だからなぁ……」
「……まさか、ダンジョンコアなんてものを引き当てたりはしないよな?」
碌でもないフラグを立てそうになったスタッフに氷の視線が突き刺さるが、
「いや、それは無い。ダンジョンコアをドロップさせるという案は、『トリックスター』の候補として一応挙げられたんだが、影響が読めないし、プレイヤーの同意を得られるかどうか怪しいという理由で没にされた筈だ」
「最悪の展開は避けられた訳か……」
「だとすると……ダンジョンシステムが解放される事による影響か?」
「今の時点でシステムが動く事で何か不都合は……あるか?」
「無いと思うが……」
実は、正規ダンジョンかチュートリアルダンジョンか、そのどちらかがクリアされた時点で、ダンジョンシステムが解放されるようになっている。ゆえにダンジョンシステムの解放は、これ偏にシュウイたちの成績にかかっているのだが、既にスタッフの全員がシステムの解放を疑っていないのであった。




