第百三章 裏表探石行 12.夜営(その1)
何と言うか、一日でやる仕事としてはもうお腹いっぱいという声が――誰からともなく――上がったので、一旦作業を打ち切って、夜営の準備にとりかかる事にする。
まだ日は高いとは言え、テントを張って焚き付けなどを確保して……となると、あまりノンビリとはしていられないのも事実である。セーフティゾーンは開放されたが、解放されたのは飽くまで〝安全を保証された空間〟でしかない。テントの類は自前で用意するしか無いのである。
今こそ【伐採】の出番と張り切ったシュウイであったが、
「えーと……SROのテントって、そんなに簡単に張れちゃうんですか……」
「それはそうだとも。自分のような職業の者はともかく、一般人にはテントを張る機会などそう無いだろう。勢い、ゲームでも簡単に張れるようにせざるを得ないさ」
「ははぁ……」
SRO内における夜営のやり方は幾つかあるが、その中でも「市販のテントを張る」というのは最もお手軽な方法であった。何しろ、畳んであるテントを広げるだけで、その場に完成したテントが現れるのである。
どうせモックの「技芸神への奉納」クエストに挑む以上、夜営の支度は必要だろうと、シュウイは早手回しにナントから夜営道具一式を入手していた。その際ナントには〝できるだけ簡単なものを〟とだけ伝えていたのだから、ここでそれを怨むのは筋違いである。それは解っているのだが、折角の【伐採】スキルの出る幕が無いと知ったシュウイは落胆の思いである。
「いや、【伐採】は飽くまで木を伐り倒すスキルであって、その丸太で小屋を建てるのは、また別のスキルが必要だからね?」
「【日用大工】では無理ですかね?」
「ここの運営がその辺りをどう考えているかにもよるが……普通に考えてログハウスを建てるというのは、日曜大工の範囲には収まらないんじゃないか?」
「それもそうですね……」
まぁ、シュウイの考えているように、支柱用の木を伐ってきて自力で天幕を張るという方法も採れなくはないのだが、手許にあるテントでそれをやろうとすると、一旦テントを分解する必要がある。そうすると、最早自動的に組み上がるようにはならない……謂わばメーカー保証の対象外になるというトラップがあった。
テムジンからそれを聞いたシュウイは、あっさりと自力でのテント設営を諦めるのであった。
ちなみにシュウイには、「黙示録」に同行してナンの町へ赴いた際に夜営の経験もあるのだが、あの時には――クエストのクリアー報酬としてスキルオーブが出なかったという運営の仕打ちに――少し凹んでいたため、テントの張り方にまで気が回らなかった。「黙示録」の面々もそんなシュウイに気を遣って、手早くテントを用意してくれたため、SROのテントがどういうものかを知る機会は無かったのである。……尤もシュウイの性格を考えた場合、見知っていても綺麗さっぱり忘れている可能性もあったのだが。
まぁ【伐採】スキルについては、何れどこかで使う場面もあるだろうと割り切って、シュウイは夜営の支度に取りかかった訳だが、
「……随分と手慣れた感じだね。リアルでキャンプの経験でもあるのかい?」
「そうですか?」
シュウイの人生においてキャンプと言えそうな経験は、中学校の時の林間学校くらいである。あとは和歌山の田舎での家事手伝いで、石炭で風呂を焚いたりとか。
「それはそれで稀有な体験だと思うが……いや、自分が言いたいのは、即席の竈の作り方や火を着ける仕草などが堂に入っている事なんだが」
「そう言われてみれば……何も考えずに動いてましたけど……」
はてねと首を捻っていたシュウイであったが、やがてとあるスキルの事を思い出す。
「ひょっとしたら、【野営の心得】というスキルのせいかもしれません」
「心得スキルか。それはいいものを手に入れたね」
「そうなんですか?」
「あぁ。行動に補正がかるし、関連するスキルが得易くなるし、序盤ではありがたいスキルだよ」
「へぇ……」
運営も気の利いたスキルをくれたものだと、内心密かに悦に入るシュウイ。普通のプレイヤーはスキル枠の不足から、いずれ心得スキルを手放さざるを得なくなるようだが、【スキルコレクター】を保有するシュウイはスキル枠の上限などを気にする必要は無い。この後もずっと役に立ってくれる筈だ。これは良いものを手に入れた。
ちなみに竈を組むに当たっては、【日用大工】も手助けをしていたりするのはここだけの話である。シュウイはこの時それに気付かず、後になってスキルチェックをした際に気付くのだが。




