第百三章 裏表探石行 5.ノジュールの秘密
思案投げ首のシュウイであったが、テムジンには何か腹案があったらしい。転石の中からやや大きめのものを拾い上げて、
「……当たりだな。どうやらこの団塊が、我々の目指すもののようだ」
「ノジュール?」
「あぁ。βテストの時に少し掘った事があってね」
βテストで宝石の採掘を行なった時、こういう団塊を割って掘り出したのだと言う。
シュウイがその団塊を鑑定してみると、
「成る程……クロムが含まれていますね」
「あぁ。濃度自体は鉄鉱石より高いが、それでも量としては微々たるものだ。だがまぁ、現状で最も効率の良い採集場所には違い無い」
「すると……落ちてる石の中からノジュールっていうのを探し出せばいいんですか?」
「いや、多分それだと効率が悪い。【採掘】と【素材鑑定】で当たりを付けて、崖から掘り出せないかと思っているんだが」
「成る程……僕の場合は【採掘の心得】と【鑑定EX】頼みですか」
テムジンが〝効率〟と言った時、シュウイは辺りを見回した。ノジュールと覚しき石はあちこちに転がっているが、何れも小さいものばかりである。成る程、これらから微量元素を得ようとするなら、小さいものを相手にしていては非効率である。
こういうのはエンジュに押し付けて、自分たちは岩壁から大きめのノジュールを掘り出せば……などと思っていたのだが、そのエンジュがノジュールを割って原石を取り出し歓声を上げている……のをほっこりと見ていた二人は揃って目を剥く羽目になった。
あろう事か、エンジュの割ったノジュールの外被が、掻き消すように消えてしまったのである。
エンジュたちは気にも留めていないようだが、外被に含まれる微量元素こそ本命と見做しているシュウイとテムジンにとっては大問題である。
慌てたテムジンが自分でもノジュールを割ってみて、転がり出た原石そっちのけで外被をアイテムバッグに収納するが……どうやら、消える前に回収した外被はそのまま残る仕様のようだった。
相前後してシュウイが、こっちはノジュールをそのままアイテムバッグに収納してみたのだが、何の問題も無くそのまま収納できていた。
〝何の問題も無く〟というのはどういう事かと言うと……実は、シュウイの場合は掘り出す傍から【落とし物】が勝手に収納し、【解体】が原石と外被に分けてくれた。ひょっとして外被が消失するのかと戦々恐々としていたが、それは無いと判って密かに一安心のシュウイであった。
どうやら外被を収納して、その外被を有用なものと見做している事を宣言しないと、不要物判定を喰らって消える……という仕組みらしい。
「……鉄鉱石の時と同じか……母岩から鍛冶スキルの【選鉱】で抽出すると、対象にした鉱物以外の残滓は消えるようになっていた」
中っ腹な様子で呟くテムジンであったが、シュウイも諸手を挙げて賛同したいところである。本当にここの運営は質が悪い。一見しただけでは省力的で親切に見えるところがまた腹立たしい。
「……新人たちに取られる前に、僕らでノジュールを確保しますか?」
「だが、そうするとエンジュ君の成長には何も寄与しないだろう。持ち帰ったノジュールを町の中で割るにしても、外被を確保する必要があるのは同じだ。説明できない事が増えるだけだろう」
「それもそうですか……」
「それにだ、ここの運営の悪辣さを考えるに、現場で採集しないと何らかのペナルティがある可能性も捨てきれない」
――運営に代わって断言しておくが、そんなものは無い。そこまで面倒な仕込みなどはしていない。
「う~ん……確かに」
だが……散々に運営に煮え湯を飲まされている――註.シュウイとテムジン主観――二人としては、運営の「善意」(笑)に期待する気など、さらさら起きないのであった。
「事ここに至っては、もはや隠しておくのは無意味ではないだろうか」
「頃合いと言えば頃合いですか」
――という結論になって、二人は一同に特殊鋼の可能性とその試作作業の進展についてカミングアウトする事にした。無論、厳重に口止めを図ったのだが……テムジンの後でシュウイが柔やかに微笑んでいる――「微笑みの悪魔」が降臨している――のを見れば、約定に違背する気など露ほども起きない新人たちであった。
尤も――
「師匠……俺たちが鉱石掘りに行くのを師匠が邪魔してたのは、こういう裏事情があったからなんですか?」
――と、テムジンはジト目の新弟子二人から追及を受ける羽目になっていたが、
「人聞きの悪い事を言うな。そういう打算も無かったとは言わないが、【精錬】の回数を重ねてもスキルレベルが上がらないのも、鉱石を見る目は回収後の鉱石を見てもレベルアップ可能なのも、紛れも無い事実だ。そんな脇道に逸れてる暇があったら、少しでも数を打って【鍛冶】のレベルを上げておく方がずっと良い」
事も無げに新弟子たちの疑義を却下するテムジンなのであった。




