第百三章 裏表探石行 4.約束の地
すっかり鼻息を荒くしたリーダー二人に引っ張られ、えっちらおっちらと支流沿いの山径を遡っていた一行であったが、その苦労はやがて報われる事になった。目の前に、これぞ宝石の原産地という感じの崖崩れ跡が現れたのである。
歓声を上げて吶喊しようとしたエンジュであったが、シュウイとテムジンの鋭い声に引き留められる。まずは現場の安全確認が第一だ。
何しろ現場は崖崩れ跡。採掘しようとしたら崖が崩れるくらいのトラップは、あの運営なら仕込んでいそうではないか。
「そ、そうでした……」
テムジンとシュウイが確認して、どうやら問題無しと判明したところで、改めて崖に目を向けていたが、垂直とまでは言わないまでもそそり立つような岩壁を見て、
「………………」
――途方に暮れる事になった。
いくら【採掘】を持っているとは言え、それで筋力が上がる訳でもない。岩壁を掘り抜いて宝石を探すのは、非力なエンジュには荷が重いのであった。
しかし、それで諦めるようなエンジュではない。暫し思案に沈んでいたが、やがて崖下に転がっている石ころに目を付けた。
鉱山跡地ならズリと呼ばれそうなそれらを漁っていたエンジュであったが、
「――あった!」
直ぐに歓声を上げる事になった。
「何があったんです?」
「イエローサファイアだよ! 結構大きい!」
「……サファイアって、青い色をしてませんでした?」
「う~ん……間違いじゃないけど、正しくもないかな」
「……?」
得心がゆかないという顔付きのモックに、得意満面上機嫌のエンジュが専門家ぶって説明する。
「鋼玉っていう鉱物のうち、赤いものをルビー、青いものをサファイアって言うんだけど、鋼玉にはそれ以外の色のものもあるんだよ。で、赤と青以外のものの呼び方が、鉱物学界と宝石業界で違ってるの」
鉱物学界では赤(ルビー)と青(サファイア)以外の色のものは全て「コランダム」として一括するのだが、宝石業界では赤(ルビー)以外のものは全て「サファイア」扱いにするらしい。
「だから『ピンクサファイア』なんていうのもあるし、『イエローサファイア』や『グリーンサファイア』なんかもあるんだよ」
「へぇ~……知りませんでした」
――と、珍しくもエンジュがトリビアを披露しているその脇で、シュウイとテムジンはヒソヒソと内緒話をしていたりする。
(「『イエローサファイア』とはな……少し予想外だ」)
(「微量元素は何なんです?」)
(「確か……ニッケルだった筈だ」)
(「ニッケル? ……新顔ですよね?」)
(「あぁ、『パイロープ・ガーネット』と同じく、クロムを含んだ石が出ると睨んでたんだが……『鋼玉』の場合は『ルビー』だな」)
(「ルビー……いきなりそんなメジャーネームは採らせないって事なんじゃないですか?」)
(「そうかもしれんが……『イエローサファイア』だってそれなりだぞ?」)
う~んと考え込む二人であったが、
「……一つ、ありそうな説明を思い付きました」
「奇遇だな。自分も一つ思い付いたところだ」
「……やっぱり嫌がらせですかね? 特殊鋼を造ろうとする者への」
「それと、宝石を探そうとする者への配慮だろうな――表向きは」
一ヵ所で様々な原石が採れるというのは、宝石を探そうとする者にとっては福音だろう。……その裏で、特殊鋼に添加するための微量元素を探している者にとっては、
「……必要量の微量元素を得にくくなる――と」
「相変わらず鬼畜ですねぇ、ここの運営は」
――運営も、シュウイにだけは言われたくなかったであろう。
「まぁ、こうしていても始まらない。我々も少し身を入れて探すとしよう」
「ですね」
――と言ったは良いが……さて、どうやって探したものか……




