第百章 トンの町 3.仕事を終えて……
「やー……瑞葉さんの【隠密】スキルって凄いですね。【隠蔽】と違って、じっとしてる必要が無いのがいいなぁ」
「は、はひ……」
暢気で且つ羨ましそうな声のシュウイに対して、瑞葉の方は気息奄々の体である。まぁ、いきなりシュウイの「特訓」を受けさせられた身としては、妥当な反応であると言えよう。身に憶えのある新人二人は、後ろで気の毒そうな顔をしている。
とは言え、堪え忍んだ甲斐あって、瑞葉の【隠密】もレベルが上がっているのであるが……当の彼女はその事実に気付く余裕も無かったりする。
息も絶え絶えな瑞葉に代わって、ここで読者のために【隠密】スキルについて少し解説しておくとしよう。
このスキル、元を辿れば、プレイヤーや住人に見つからないよう必死の瑞葉が、いつの間にか修得していた準レアスキルである。
類似スキルの【隠蔽】と違い、動いている最中にも身を隠せるが、その反面で【隠蔽】ほどのステルス能力は無い。ただし、レベルが上がると案外気付かれにくい。また、【地味】が認識阻害系のスキルなのに対して、【隠密】は迷彩系のスキルという違いがある。
尤も、そんな渾身の【隠密】スキルも、【虫の知らせ】【嗅覚強化】【気配察知】【イカサマ破り】と警戒系スキルを四つ重ねがけしているシュウイには通じず、あっさりと見破られているのであるが。
「……けど、あっさりと終わりましたね。住人の方からの依頼……」
「ま、所詮はデカいだけの便所コオロギだからね。こんなもんでしょ」
違う!――と、声を大にして叫びたい三人。
確かにマッドカウマは見た目こそ巨大なカマドウマであるが、それでもトンの町最悪――最強ではない――モンスターの一角に君臨する難敵である。
集団で出現し、悪食で何でも囓る性質を持つ。体液は腐蝕性で、斬り付けた鉄剣などは往々にして腐蝕する。このモンスターに襲われて死に戻った場合、装備が囓られて耐久性が低下している事が多いため、見た目のキモさやドロップを落とさない事――後述――と相俟って、トンの町の嫌われ者モンスターの筆頭に挙げられている。
遠距離から魔法を撃って斃すのが定番化しているが、一見敏捷には見えないこのマッドカウマ、実はピョンピョンと跳ねて移動するため、見かけ以上にストライドが大きい。しかもピョンピョコピョンと大きく跳ねるため、物理であれ魔法であれ攻撃が当たりにくいという特徴を持つ。そこまで硬いモンスターではないので、攻撃が当たりさえすれば然して苦労せずに斃せるのだが、余程の熟練者かもしくは範囲攻撃を使わない限り、中~遠距離戦では斃しにくいモンスターでもあった。
その一方で、それほど執念深いモンスターではないため、暫く逃げていれば追って来なくなる。なので、見かけたら直ぐに全速で離脱するというのが、新人にお薦めの対処法となっている。
しかし、農地を荒らすというので討伐の依頼を受けたシュウイたちには、逃げるという選択肢は無い。ただでさえ厄介なマッドカウマの群れを、一体どうやって斃すというのか。
興味津々で見守っていた新人たちの前で、シュウイはクロスボウと投石紐を取り出すと、立て続けの狙撃でまず三頭を屠って見せた。【弓術(基礎)】【飛礫】【狙撃(基礎)】といったスキルの効果か、何れも一撃で仕留めている。が……攻撃に気付いたマッドカウマは、一斉にシュウイの方へと襲いかかって来た。
「来たよ! 隠れて!」
「「「わぁぁっ!」」」
実はこっそりシルが【力場障壁】を展開しているのであるが、そんな事を知らない新人+1は、必死の思いで【隠蔽】と【隠密】で身を隠したのであった。
そこから後はさして言うべき事も無い。間合いを計って【狙撃】持ちのマハラがいつものように目潰しの粘糸球を飛ばし、怯んだところをシュウイがタコ殴りにして終わり。十年一日の如き光景が繰り広げられただけであった。
まぁ、新人たちにはドロップ品のお裾分けがあったのであるが……
「……マッドカウマが魔石を落とすなんて……」
「掲示板にも載ってませんでしたよ……」
「あ、あまり知られてないみたいだね」




