第十四章 トンの町 1.訓練場
昼前にトンの町の停車場に着いた。メイとニア、テムジンさんとはここでお別れだ。三人とフレンド登録をしておき、テムジンさんには店の位置も教えてもらう。
「じゃあ、リアル時間で明日の午後八時、SRO時間の正午に西門で待ち合わせをお願い」
「え? 西門? 人通りが多くって、モンスターいないじゃん」
「え? シュウイ君はどこを考えてたの?」
「当然東でしょ。ギャンビットグリズリーとかマーブルボア、レッドタイガーなんて大物がいる……らしいし」
「無理!無理!無理!」
「初心者向けじゃないわよ……」
結局、間を取って南門にした。北のフィールドにはPKがいたし、僕一人ならともかく、女の子を巻き添えにできないからね。
実際には、トンの町の北側はPK職に――シュウイのせいで――危険地帯と認識されており、PKが出没する事はほとんど無くなっている。しかし、当事者である筈のシュウイは、そんな事はつゆ知らないのであった。
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昼食を摂っても――シルにはこっそりと懐に差し入れた――まだ陽が高いので、冒険者ギルドの訓練場に行ってみる事にした。弓がどれくらい使えないのか確かめておかないと、クロスボウを中距離武装と考えている僕としては他人事じゃないからね。
冒険者ギルドへ行って訓練場の使用を申請したら、勝手に使っていいと言われた。有料になるが、希望者には武技の講習会も開いているそうだ。とりあえず初心者用の弓を借りてみたんだけど……何、これ? 弦がユルユルじゃん。
あ~……初心者向きってこういう事か。多分これ、一番弱い十ポンド弓ってやつだ。張力五キログラム以下だよね。こんなので離れた的に当てようとすると、まっすぐ狙ったんじゃ届かない。四十五度近い仰角をつけないと届かないよね……。当たらない刺さらないのも道理だよ。
講習会ではその辺も教えてくれるんだろうけど、強い弓に変える度に感覚を修正しなきゃいけないから、やっぱり敬遠されたんだろう。
僕のクロスボウは、軽く触った感じだと多分百二十ポンド、大体五十五キログラム弱ってところだった。クロスボウとしては標準か、やや弱めってところだろう。それでも片手で弦を引いたりはできないから、ハンドルを使って矢をセットしなきゃ駄目だ。連射なんかできないよね。射程は大体四十メートルくらいかな。
弓が敬遠されている理由は何となく解ったけど、折角来たんだから練習くらいしておこう。思いっ切り仰角をつけて矢を射ていたら、後ろから話しかけられた。
「駆け出しにしちゃよく当てるもんだな。弓は経験者か?」
「いえ、触った事がある程度ですよ。ただ、それでもこの弓が弱いのは判りましたから、角度をつけて射たんですけどね」
振り返ってみるとこの町の住民らしい壮年の男性だった。ギルドの職員さんかな?
「あぁ、名告るのが遅れたな。俺はギルドで弓の講師をやってるドウマって者だ」
「駆け出し冒険者のシュウイです。練習用の弓が弱いのは、やっぱり体力の問題ですか?」
「あぁ、お前ら『異邦人』は、駆け出しだと腕っ節が弱過ぎてな。まともな弓を持たせると使い物にならねぇんだ。だから弱い弓にしてるんだが、そうすると上手く飛ばせなくて、何だかんだ文句ばかりつけやがる」
あぁ……やっぱり思った通りか。
「それは同郷の者が失礼しました。弓使いの方にはご迷惑をおかけします」
そう謝ると、ドウマという人はお茶目に片目を瞑って笑った。
「気にすんな。最近じゃここの者と異邦人とじゃ、違う弓を使って教えてるからな」
あ、やっぱりここの人たちは普通に弓が使えるんだ。……地元民の盗賊なんかだと、上手に弓を使ってくるかも知れないね。要注意だ。これは良い事を聞けたかな。……あれ? でも、「黙示録」のベルさんって、弓使いだったよね? ……弓道経験者か何かで運営の罠に気付いたのかな?
確かにベルは弓道の経験者だが、経緯についてはシュウイの想像と少し違う。実を言えば、βテストで弓スキルの罠を提案したのが当のベルだったりする。……本人はちゃっかりと弓を使っている訳だが。
折角だからクロスボウについて、規則とかを聞いておこう。
「クロスボウか。駆け出しにしちゃ珍しいもんを使ってるな」
「いえ、まだ試し撃ちもしてないんですけど……さすがに町中で練習はできませんし」
「当たり前だ。町中でボルトをセットしていたら衛兵にしょっ引かれるぞ」
あ、やっぱり規制があったんだ。
「使用が規制されている区域とかあります?」
「町中は当然不可だ。町の壁から五十メートル以上離れた場所なら構わん」
なるほど……。多分、一般的なクロスボウの有効射程が五十メートルなんだろうな。……って事は、僕のクロスボウは少し弱めって事だね。
「クロスボウの練習場ってありますか?」
「衛兵が使ってる場所があるにはあるが、お前たちは使えんぞ? 町の外で木の幹か何かを狙って練習するしか無ぇだろう」
あ~……使用者が少ないゆえの不遇かぁ。
「あと一つ聞かせて下さい。この辺で一般的に使われているボルトは、再使用できますか?」
「あ~……できなくはないが、どうしても鏃が劣化するし、矢柄も弱ったり狂ったりしてくるからな。あまり繰り返して使うのは勧めねぇよ」
「ありがとうございました」
僕はドウマさんにお礼を言って、訓練場を後にした。
次話は金曜日投稿の予定です。




