第九十八章 その頃の彼ら 5.「ワイルドフラワー」~センの素材採集 篇~
以前にも少し触れたが、今回センに与えられたお題は、とある茸の採集であった。カナの課題に較べて簡単過ぎないかとの声も上がるであろうが……実は、その素材の在処こそが問題であった。
この茸、好窒素性というのか好燐性というのか、動物の骨や屍体、糞などが集まった場所に発生し易いという性質がある。そして、そのような条件を満たす場所の一つとして、イビルドッグのゴミ捨て場があったのである。
イビルドッグは獲物を縄張りの中に運び込んで食べ、骨などの食べ滓は一ヵ所に纏めておく性質がある。なのでそのゴミ捨て場を少し探せば、依頼品である茸は見つかる筈。どうせ片割れがイビルドッグの討伐依頼を受けているのだから、一緒にやれば面倒が無いだろう。
センに課せられたお題は飽くまで茸の採集なので、必ずしもイビルドッグとやり合う必要は無い。カナが死闘を繰り広げている隙に、こっそりとゴミを漁ってもいい訳だ。……まぁ、イビルドッグの目を掠めて縄張り内に侵入するなど、口で言うほど簡単ではないのだが。
「ま、今回はカナがさっさとイビルドッグを討伐したから、ゆっくりと探す事ができる訳だ」
「うん! ありがと、カナちゃん!」
「いえ、それはいいんだけど……問題の茸、ちゃんと見つけたり見分けたりできるの? ここの運営が、そんな簡単なクエストを仕込むとは考えにくいんだけど」
疑わしげなカナであったが、センにはセンなりの勝算があった。自分のスキルと力量を、誰よりも熟知しているがゆえの。
「大丈夫! スーちゃんに見つけてもらうから!」
……己が力量を熟知している彼女は、自分の能力を信用せず、従魔の才覚に頼る気が満々であった。……まぁ、センの従魔であるスライムの「スーちゃん」は、複核持ちの特異個体であり、感覚も一際鋭敏である。その感覚に頼るというのも、これはこれで正しい選択であるかもしれない。現に当の「スーちゃん」は、任せろと言いたげに張り切っている……ように見える。
「すっかりセンに懐いてるな、そのスライム」
「うん! ちゃんとお世話したからね!」
スライムと言えば手のかからない事で知られた従魔である。好き嫌いは無く、粗食絶食にも耐え、特に面倒な世話も必要としない。そんなスライムの〝世話〟というのは――と、部外者なら軽く頭を捻りそうだが……実はこれ、使役獣との信頼関係を築く上では疎かにできない条件であった。
「抑、従魔や召喚獣というものは、主人が一手間かけて用意した食餌――例えば、【解体】で用意した肉など――を喜ぶものでして」
――などと知られざる蘊蓄を傾けているのは、カナの従者を務めるサンチェス、運営が用意した「トリックスター」の一員である。
そのサンチェスの説明に拠れば、初期には飽くまで「スキルを使って用意した餌」が好評なのだという。これが普通の餌だと、〝えー? これしか無いのー? しょうがないなー〟――という感じでモチベが下がるらしい。
そして次なる段階として、「特別な餌を態々用意してくれる使役主」への好意が高まるようになっているらしい。
解り易い例を挙げるなら、シュウイが【錬金術(邪道)】で生ジュースを作って与えているのが最初の段階、ズートの葉などという豪儀なものを食べさせているのが次の段階という事になる。
――というような事をあっさり曝露したサンチェスを見て、運営管理室の面々は裏で頭を抱えているのだが、〝歩くSROウィキ……〟と誰かが漏らした事も含めて、そういった裏事情は一同の関知するところではないのであった。
さてしかし、この場合問題となるのは餌の確保である。当初はモンスターを【解体】する事でドロップした肉を与えていたのだが、抑モンスターからドロップするのは肉だけではない。狙って肉を確保しようとすると、寧ろそっちの方が大変なのであった。
音を上げたセンがチャットでシュウイに相談したところ――
〝果物の皮を剥いてあげたら? あれも【解体】の対象だよ?〟
――というありがたい助言を貰ったのであった。
実はこれ、【解体】スキル持ちの間ではそれなりに知られた情報なのだが、重要とは見做されていなかったために拡散していないという事情があった。先に述べたシュウイの生ジュースにも、【錬金術(邪道)】に加えて【解体】の効果が反映されているが、果物の皮を剥くという行為がそれに寄与しているらしい。
スライム自体は好き嫌い無く何でも食べるのだが、果物の皮を剥いたり堅果を割って与える事で食べ易く――と言うか、消化し易く?――なるらしく、スライムにも好評であるらしい。
斯くして、センは「スーちゃん」の好感度を上げんものと、せっせと果物の皮を剥いて与える事に邁進したのだが……実は、センは決して器用な質でも、況してや料理上手でもない。そんな彼女が悪戦苦闘して皮を剥いてくれた果物や、殻を割ってくれた堅果というのは、従魔としても胸を打たれるものがあったらしい。センに対するスーちゃんの好感度は著しく上がり、そしてそんなスーちゃんの奮闘あって、センは首尾好く茸を採集する事ができたのであった。
――余談であるが、カナの場合はこの手は使いづらい状況にあった。何しろカナの従者たるサンチェスは、目下パーティの料理人を務めているのである。食物で懐柔するという手は使いにくい。
そんなカナが密かに狙っているのは、【調薬】で煙草を作る事であった。愛煙家のプレイヤーが執念で開発に成功したレシピである。愛煙家のサンチェスなら喜んでくれるのではないかと、カナは密かにスキルの上達に励んでいるのであった。




