第九十七章 トンの町 4.エンジュ~降って湧いた試煉~(その1)
何やら子供と話していたシュウイが、こちらを振り向いてニヤリと嗤ったのを見て、新人二人の緊張感はMaxに達した。あれはテレビとかで能く見た嗤いだ。悪代官や悪徳商人が、善からぬ事を考えついた時の。
「やだなぁ。そろそろエンジュにもレベルアップの機会をあげなきゃ――って、思っただけだよ?」
「レ、レベルアップ?」
「うん、レベルアップ」
「レベルアップ」――それは新人二人にとって、吉事であると同時に凶事でもあった。
いや、レベルアップする事自体は嬉しいのだが、その前提となる「特訓」が問題なのである。効果が高いのと物理的にほぼ安全なのは――遺憾ながら経験的に――判っているのだが、如何せん精神衛生に悪い。それはもう悪い。何しろガリゴリガコンという勢いでSAN値が削られるのだ。その効能を認めて尚、辞退したいというのが本音である。
だが生憎と目の前の指導教官は、そんな安全策を認めてくれるような相手ではない……
「前回は結局モックの特訓しかできなかったからね。エンジュの訓練もやっておかなきゃ不公平じゃん?」
ぷるぷると涙目になって首を――勿論左右に――振るエンジュ。確かに効果は抜群だろうが、あんな特訓は願い下げだ。
モックなど、レベルの見えない格上モンスターが雪崩を打って襲いかかる中を、水黽がどうの小エビがこうのと発声練習をさせられたのだ。正気の沙汰とは思えない。どちらかと言えば狂気の沙汰だろう。
内容は違うだろうが、同じような「特訓」が我が身に降りかかるなど、何が何でも辞退したい案件である。
しかし……黒い笑みを浮かべて賛同する者がいた。
「そーですよねー。僕だけ特訓してもらったんじゃ、申し訳無いですよねー」
「――っ!?」
仲間とばかり思っていた者の思いがけぬ裏切り。
驚愕して振り向いたエンジュの背中に、
「だよねー♪」
我が意を得たりという響きの、スパルタ軍曹の裁決が下された。
・・・・・・・・
「そんなに構えなくてもいいってば。単に郊外に出て、原石を拾おうってだけだから」
魂が抜けたようなエンジュが再起動するのを待って、シュウイが「特訓」とやらの腹案を説明した。
「……郊外?」
「【採掘】スキルを上げるためですか?」
「うん。石の産地が判らないって言ってたじゃん?」
エンジュは宝石の原石を採集する目的で【採掘】のスキルを取ったのであるが、肝心の産地がどこにあるのか判らないため、宝の持ち腐れとなっていた。
おまけに原石が手に入らないため、【研磨】や【彫刻】のスキルを拾う事もできないでいる。詰んだ現状を打開するためには、【採掘】スキルで原石を採集すればいい。
「……判ったんですか?」
「ニック……さっきの子供が教えてくれたよ。川の方で綺麗な石が採れるって」
「それは……」
「有望かもしれませんね」




