第九十七章 トンの町 3.耳寄りな話
そろそろ夕暮れも近付いてこようかという時間帯になって教会を出たシュウイたち一行であったが、
「あれ? 突っ転ばしの兄ちゃんじゃん」
「あ……確か革職人の……」
「ニックだよ。祖父ちゃんの孫の」
「そぅそぅ、そうだった」
革職人の孫がニックだという取り合わせの妙に、内心で失笑した憶えがあるが……この少年、実は革職人の老人に会う前からの知り合いである。
抑の出会いまで遡れば、あれはシュウイが【土転び】というスキルを拾った時の事。練習のためとは言え、無関係な他人をそうそう転ばせる訳にもいかず、どうやってレベルアップを果たそうかと悩んだシュウイが、自分の目の前にスリップフィールドを出して、自分で滑って練習するという不毛な手段を採用したのが切っ掛けであった。その光景に目と心を奪われた少年たちが、シュウイにコンタクトを図ってきたのである。
「土転び」という単語が聞き慣れないせいなのか、子供たちからスキル名を正しく呼ばれた事は無く、今に至るもシュウイは〝突っ転ばしのシュウイ兄ちゃん〟なのであった。
その時の少年の一人であるニックと思わぬ場で再会したのは、トンの町防衛戦でオークキングを狩った後の事。冒険者ギルドのギルドマスターから素材を住人に融通してほしいと頼まれ、訪れた先でシュウイを出迎えたのがニックだったのである。
ともあれ、そんなニックとバッタリ出会ったシュウイの脳裏に、天啓のごとく閃いた事があった。……確かエンジュは……スキルアップのための練習材料に事欠いているとか言ってなかったか?
(……そう言えば……子供と言えば宝物だよね……)
――シュウイの独白だけでは何の事か解らないと思われるので、ここは野暮を承知で説明の労を執るとしよう。
ニックを見たシュウイが思い浮かべたのは、子供の頃の自分たちの姿であった。あの頃は色んなものが宝物ではなかったか。ビー玉、貝殻、蛇の抜け殻、干涸らびたカエルの屍体、外国製のナイフ、何かの歯車、抜け落ちた乳歯……
伯父が子供の頃は牛乳ビンの紙蓋や王冠を集めていたそうだし、友人にも小学校の遠足で古銭――寛永通宝――を拾って、それ以来コインの蒐集にはまった者がいた。穴の無い五円玉と五十円玉――こっちは妙にデカかった――というものを見せられて、蒐一たちも目を瞠った憶えがある。
そして……これらと並んで「宝物」の上位を占めていたのが、綺麗な「石」や珍しい「石」ではなかったか?
確か叔父の義理の従兄弟の一人――ここまで血が遠くなると、蒐一にも親戚という実感は薄い――も、川や海で拾った石を磨いて、アクセサリーを作るのを趣味としていた。海辺で拾った翡翠の話を聞かされた憶えがあるし、黒曜石を加工したネクタイピンは掛け値無しに見事だった。
そういった思い出はさて措いて……目の前にいるニックは紛れも無く「子供」である。そして……子供ならば「宝物」の採れる「秘密の場所」の一つや二つ、知っていてもおかしくはないではないか。
そういった考えを手早く纏めたシュウイは、
「ねぇニック、ものは相談だけどさぁ……」
・・・・・・・・
そして数分後、
「う~ん……キレイな石のとれる場所かぁ……」
――子供なりに難しい顔をして考え込んでいるニックがいた。
「ヒミツの場所なんだけど……兄ちゃんはおれたちの仲間だもんな。……トクベツに教えてやるよ」
やや勿体ぶった様子でニックが教えてくれたのは、トンの町の外れを流れる小川であった。そこで綺麗な小石が採れるというのである。
「川上の方へ行くともっと採れるんだけど、父ちゃん母ちゃんが煩いんだ」
つまり――川上に件の美石の産出地があり、そこから小石が流されて来ているという事ではないか。これは是非とも確認する必要があるだろう。懸案となっていたエンジュの特訓についても、どうにか目鼻が付きそうではないか?
いや――それだけではない。
ある事に気付いて、ニタァ~リと――本人の意識ではにっこりと――した嗤いを浮かべるシュウイ。あからさまな悪人嗤いである。……幸いと言っていいのか、今回は「微笑みの悪魔」は降臨しなかったらしい。
そして――頭を巡らせたシュウイの視線の先にエンジュがいた。
「……え?」
今回登場したニック少年は、コミック版二巻巻末SS「トンの町防衛クエスト余話」に――名前は出てきませんが――少しだけ登場しています。また、【土転び】のスキルアップを目論んだ練習の件については、書籍版の書き下ろし挿話「スキル余話~【土転び】~」で触れられています。




