挿 話 幇間を名告る男 1.幇間のタコ平
「ナントさんからメール? ……へぇ……そういう事なら一肌脱がなくっちゃ、このタコ平の男が廃るってもんだ」
ナントから送られたメールを読んで、妙に力んだ様子でそう呟いているこの男、SROにおける数少ない「遊び人」であった。それも、キャラクタークリエイトの時点で課金までして――どうやら開発スタッフの悪巫山戯であったらしいが――その職を得たという筋金入りである。
そして、そんな彼がSRO内で選んだロールというのが、事もあろうに幇間……所謂太鼓持ちなのであった。
彼がこういう妙なジョブとロールを選んだのには、現実での事情というものが影響している。解り易い言葉で言えば、彼は所謂リア充勢であった。
某高校の二年生にして生徒会長を務める彼は、容姿端麗・明眸皓歯・温厚篤実・八面玲瓏・成績優秀……と、どこを切っても優等生という文字が出て来そうな逸材であり、生徒や教師たちからの信任も厚かった。
彼自身もそういった評判を裏切らないように生きてきたのであるが……この歳になってその事に少し嫌気が差してきたのである。
自分の本質は本当に優等生なのか、もっと羽目を外した生き方もあったのではないか、寄って来る人間がうわべを取り繕ってばかりなのも嫌だが、自分自身も終始笑みを留めた仮面を被っているようなのが嫌だ……等々、ドロドロとした鬱屈が胸に溜まってきたのである。
……尤も、生徒会の副会長からは、〝終始笑みを留めた仮面を被っていても然したるストレスを感じないのなら、それは君の本質がそうだからではないのか〟――などという、有り難いのか有り難くないのか判断に苦しむ助言を貰っていたが。
こうした人生の反動なのか、スチャラカな生き方を願う思いが強くなってきたものの、それは叶わぬ願いであると諦めていた。
ところが……同じ生徒会の会計を務める女子――黙っていれば大和撫子と呼ばれそうな整った容貌をしていながら、その実は名うての廃人ゲーマーという業の深い女子――からSROというVRゲームの話を聞いた事が、彼の人生における転機となった。仮想空間内の仮想キャラクターで、思う存分スチャラカな生き方をしてみようと思い立ったのである。同席していた副会長も何やら思うところがあったようだが、他人の事など気にしている暇は無い。一刻も早くSROというゲームを入手して、正しき(?)人生のあり方を楽しまねば……
――とまぁ、半ば精神衛生上の必要性から、このゲームを始めるに至った次第であった。どこかスティーブンスンの名作「ジキル博士とハイド氏」を思わせる話である。ちなみに、以前この作品が話題に上った時、「痔切る博士と御居処――尻を意味する女性語――氏」という駄洒落がなぜか浮かんだが、品格を落としそうな気がしたので黙っていたのはここだけの話である。
リアルからは徹底的に縁遠い生き方を楽しまんと意気上がる彼は、態々課金までして「遊び人」という曲者ジョブを取得し、ゲーム内では幇間というロールをプレイする事にした。他人に頼られ崇められるなど真っ平だ。何が何でも三下プレイに徹してやる。
そんな彼のアバターネームはタコ平である。万が一にも格好良い名前にならないようにと知恵を絞ったもので、自らは「幇間のタコ平」を名告っているが、プレイヤーの間では時に「ヨイショのタコ平」と呼ばれる事もある。その理由は、図らずも彼が得たユニークスキルにあった。
【ヨイショ】AIが面白がって授けたタコ平のユニークスキル。ヨイショした相手に微バフの効果を与える。ヨイショをしないと発現しないという面倒な設定になっているが、その反面で、〝豚もおだてりゃ木に登る〟とばかりに、凡そ有り得ないレベルのバフが偶~にかかる事がある。
この曲者スキルを巧く使いこなせるのも、タコ平の為人あってこそである。
珍妙なユニークスキルも奏功したのか、彼は幇間のタコ平として、自分でも驚くほど巧くやっていけていた。それこそ、ひょっとして幇間こそが自分の天職ではあるまいかと思えるくらいに。
前置きが長くなったが、そんな彼の元にナントから送られてきたメールには、とある新人プレイヤーが思いがけず「遊び人」ジョブを拾ってしまって戸惑っているので、情報とアドバイスを貰えないだろうかと記してあった。
「……僕は望んでこのジョブに就いたけど、強制的に就職させられた者は困るだろうな」
であるならば、
「……そういう事なら一肌脱がなくっちゃ、このタコ平の男が廃るってもんだ」
――と、冒頭の場面に至ったのである。
「幇間のタコ平」は、元々は「SROプレイヤー列伝」用に考えていたキャラでした。瑞葉といい、列伝用のネタがどんどん侵蝕されていく……
なお、今回の話に出て来る生徒会副会長と会計については、「SROプレイヤー列伝」をご覧下さい(宣伝)。
ちなみに、タコ平再登場の予定については、現在のところ未定です。




