第十三章 乗合馬車の旅 1.テムジンさん
家に帰って早めの夕食を摂り、SROにログインすると気持ちの良い朝だった。朝食を摂って――現実で夕食を食べたばかりなのに、ログインすると普通に空腹を感じるのはどういう訳なんだろう――いると、メイとニアの二人が降りてきた。ちゃん付けで呼ぶのはよして欲しいって言う――本人曰く、ファンタジー感が台無しになるそうだ――からそうしたんだけど、彼女たちは僕の事を君付けで呼ぶんだよね。ファンタジー的にいいのかな?
「お早う、メイ、ニア」
「「お早う、シュウイ君」」
「馬車の時間にはまだあるから、ゆっくり食べていいよ」
「「ありがとう」そうするね」
のんびりと朝食と会話を楽しんで宿をチェックアウト――でいいのかな?――して、乗合馬車の駅に向かう。イーファンからトンに向かう人もいるようで、既に三人の人たちが馬車を待っていた。
すいと僕に近寄ったニアが、そっと囁く。
(「あの人、生産職のプレイヤーだよ」)
(「え? どの人?」)
(「ほら、凄い大荷物を脇に置いて立ってるエルフの人」)
エルフ? そんな人いたっけ?
怪訝な思いで待合所を眺める僕の目に映ったのは……二メートル近い長身にムッキムキの筋肉を纏った若い男性の……エルフだった。いっそ長身のドワーフだって言った方が納得できそうな気がするよ……。耳だけは由緒正しきエルフ耳だけど、他は見事にエルフのテンプレを打ち砕いてる。
(「知り合いなの?」)
( 「「違うよ」残念ながら」)
そうこうするうちに馬車が来たので、僕たちは内緒話を中断して並ぶ。
エルフの人が乗る番になった時、大荷物から小さな包みが転がり落ちたので、素早く拾って渡す。スムーズに乗り込みたいからね。
「や、ありがとう」
エルフの人ははきはきした口調でお礼を言ってくれた。何となく軍人さんかお巡りさんみたいな感じだな~って思っていたら、陸上自衛官の人だった。
「じゃあ、テムジンさんはタクマの知り合いだったんですか?」
「あぁ、彼は自分のお得意様でね、修業時代からよく注文をしてくれたよ」
意外な事にエルフの人――テムジンさん――は、βプレイヤーの頃からのタクマの知り合いだそうだ。
「友人がSROを始めるという事は彼から聞いていたんだが、シュウイ君の事だったのか。存外世間は狭いものだな」
「あはは、実際にユーザーの数は日本の人口よりずっと少ないですし」
「確かに。言われてみれば納得だ。で、シュウイ君はどういうプレイを目指しているのかな?」
「う~ん、まだ決めてないんですよね。なので、スキルもあまり取ってないんです」
「まぁ、ここは好きなように人生を送れる世界だ。急いで決める必要もないし、何もせずにのんびりと仮想人生を送るのもいいだろう」
「テムジンさんは最初から鍛冶をやるつもりで始めたんですか?」
「いや……実は自分の場合は成り行きで……」
テムジンさんが話してくれたのは、意外なような納得のような裏話だった。
「自分は殺伐とした職業なだけに、ゲーム内では……もっとこう、ファンタジックな種族にしようと思ってエルフを選んだんだ。ところが、このゲーム、リアルの体格をそのまま反映する仕様になっていたため……このような格好に……」
初めて聞いたのか、メイとニアの二人も目を丸くして固まってる。
「……でも、それがどうして鍛冶師に?」
鍛冶と言えばドワーフじゃないの?
「いや……エルフと言えば弓だろうと思っていたんだが、クローズドβテストに参加した知人が弓は使いにくいと言っていたので、それならいっそ日本刀にしようと思ったのだ。自分は子供の頃から時代劇が好きだったから」
着流し総髪、素浪人のエルフかぁ……
「ところが、オープンβ版のSROには日本刀という武器が無くてね。ならば造ってしまえと鍛冶スキルを取ったのだ。自分で造った日本刀で闘うというのは、何となく自分の琴線に触れるものがあってね」
「解ります」
「まぁ、そんな訳で鍛冶師となって日本刀を打っていたのだが、結局βテストでは日本刀のスキルは実装されずじまいでね」
「あ~、え~と……」
「ああ、気にしないでくれたまえ。今はこのキャラに満足しているんだ」
正式版でも同じキャラを使っているんだからそうなんだろうけど……
「なんか済みません……」
「いやいや。まぁ、こんな話をしたのも、焦って職業やスキルを決める必要はないという事を言いたかったからでね。シュウイ君も、それからそこのお嬢さんたちも、のんびりと決めるがいいよ」
次話は金曜日に公開の予定です。




