第九十三章 運営管理室(その2)
「……いや、待て。【福笑い】は確かに幸運値に影響するスキルだが、それは笑っている時限定の筈だ。『遊び人』の効果に影響する程とは思えないが?」
「いえ、彼は【トリックスター】の取得に伴い、初期ステータス値が軒並み五割増しになっています。幸運値も当然五割増しです」
「それはそうだが……」
大楽との遣り取りの中で、木檜は小さな違和感を感じていた。何か見落としがあるのではないか? 大楽もそれは同じだったと見えて、中嶌に指示してシュウイのステータス画面を表示させていたが、特に変わった事は見られなかった。
ただ……中嶌は何かに気付いたようだ。
「……幸運値……」
「うん?」
「どうかしたか? 中嶌」
「いえ……木檜さんの『神に見込まれし者』称号ですけど……補正効果は表示されないんですか?」
「補正?」
「アレはそもそもクエストの期間中だけで……あ……」
「……このプレイヤー……確かクエストを遂行中だったよな……」
おかしな点に気が付いて、スタッフたちの顔が強ばる。
『神に見込まれし者』称号は急遽設計されたものであったため、幸運値への補正効果がステータス画面の表示に反映されないという不具合があったらしい。
それがどういう事かというと……極めて重要な問題点に、今の今まで気付かなかったという事である。
「問題点」の意味するところを理解して、一気に蒼褪めるスタッフたち。
『神に見込まれし者』称号は、クエストの期間中に限り幸運値を10ほど底上げする効果がある。クエストが終了すれば底上げ効果も終了するのであるが……
「……幾つだ……?」
問題は、現在シュウイが複数のクエストを遂行中だという事である。
つい先頃に発展的に終了したズートの種蒔きクエストを別にしても、
「えーと、確か……新人指導クエスト及びその派生クエスト、ズートの苗の育成クエスト、教会の模様替えクエスト、それに領主からの納品依頼クエスト……」
「五つか……最多記録には及ばないにしても、結構多い方だよな」
「問題は『神に見込まれし者』の効果だろう。クエストを何個受注しても、『クエスト遂行中』という単一の状況にあると判断されるのか、それとも……」
「……従事しているクエスト毎に、補正効果が上乗せされるのか……だな」
称号『神に見込まれし者』の効果は、イベントの間幸運値が10上昇し、生命力の値が5を切る事が無くなるというものである。
このうち生命力に関しては、称号の効果は最低値を保証するというものなので、効果の累積は生じないと考えられる。これはまだいい。
問題は幸運値の方で、もしもクエスト毎に〝幸運値が10ずつ追加される事になっていたら……〟
今の今までそれに気付かなかったというのは、返す返すも一大痛恨事であった。
「……残念ながら……累積が発生していますね……」
称号のプログラムを調べるよりも、シュウイのステータスを直に――ステータス画面を介さずに――確認する方が早いという事で、ステータスデータのチェックを行なっていた中嶌が、聞きたくなかった答を寄越した。
「『スキルコレクター』のステータス値には、現時点で+50の補正がかかっています」
「……彼のステータス画面を修正する必要があるだろうな」
「リンクを貼り直すだけだから、サービスのクローズ中に済ませられるだろう」
「それはいいが……迷惑をかけた詫びはどうする?」
「……こういうケースでのお詫びの粗品は何だ?」
「ケースにもよるんだが……ちょっとした便利スキルをセット枠込みで――というのが多いな……。でなければ、称号とか……」
「……彼にか……?」
シュウイは【スキルコレクター】の効果で、スキル枠の上限は撤廃されている。セット枠の追加は無意味だろう。スキル自体は喜ぶかもしれないが……
「……不用意に彼にスキルを与えるのは、不用心な気がしないか?」
シュウイ本人に含むところは――少しだけしか――無いが、迂闊なスキルを与えると、どんな場面でどう活用するかが予測できない。どうしても及び腰にならざるを得ないのであった。
「しかし……アイテムにしてもなぁ……」
定番なのはポーション類であろうが、シュウイ本人が【調薬(邪道) 初級】と【錬金術(邪道) 初級】のダブルアーツ持ちな上に、一級調薬師の住人に弟子入りまでしている。多少のポーションを贈ったところで、有難味は少ないだろう。
では、もう一つの定番である武器や防具はどうかと言うと、【スキルコレクター】の呪いのせいで武器スキルを取得できないシュウイにとっては、貰っても持て余すだけだろう。では防具の方はと言うと、他ならぬ運営が既に「シルバーバックの革鎧」というチート防具――DEF+8 VIT+4 品質B レア度6――を与えている。これを上回る防具など、そう気軽に与える訳にはいかない。
詫びの品として何を贈るべきか、管理室の面々は頭を悩ます事になるのだが、まぁそれはそれとして――
「……幸運値は現状で最大で50の上乗せかよ……」
「しかもこれらのクエスト、期限が明示されていないものが大半だよな……?」
「『ズートの苗の育成クエスト』に至っては、チェーンクエストだぞ……」
……という事はつまり、当分の間幸運値への上乗せが続くという事だ。
「……少なくとも教会のクエストは、明日にでも達成されるだろう」
「それが唯一の救いだろうな……」
そんなシュウイが選りにも選って、〝挙動や成長が幸運値に影響される〟「遊び人」という職を――サブジョブではあるが――得てしまった。
今後の展開は、はたしてどんなものになるのやら……
多難な前途を想像して、深い溜息を吐くスタッフたち。
「……幸運値に影響するスキルの配置は見直したのに、幸運値に影響されるジョブの事は忘れていたな……」




