第九十二章 トンの町 1.冒険者ギルド
中間試験が終わったその日、シュウイは四日ぶりにSRO世界へログインしていた。試験前の一週間ほどはログイン時間を控えめにしていたが、さすがに試験期間中――と言うか、試験前日の日曜日から――はログインを断っていたため、こちらへ来るのは四日ぶりとなる。
「シル、マハラ、元気にしてた?」
宿屋の自室にログインしたシュウイが真っ先に行なったのは、使役獣たるシルとマハラの様子を確認する事であった。
SROは従魔や召喚獣が優遇されているという話ではあるが、シュウイの使役獣は所謂〝モフモフ〟ではない。冷や飯を食わされる可能性だって、無いとは言えないではないか。
「……ま、そんな事をしたら、プレイヤーからの非難が凄まじい事になるから大丈夫――とは思ってたけどね」
実際に元気な二頭を確認して、シュウイは安堵の溜息を漏らす。仮想現実とは解っていても、やはり可愛いものは可愛いのだ。
・・・・・・・・
自分と二頭の食事を終えたシュウイがまず向かったのは、冒険者ギルドであった。単に依頼票の確認だけでなく、プレイヤーたちに対する連絡事項などもギルドの掲示板に張り出されるので、一日一回は顔を出すべきとされており、シュウイもそれに倣っている。況して、中庭の花壇にズートの苗を植えさせてもらっているのだ。生育具合の確認は不可欠である。
そしてこの日……
「え? 指名依頼? 僕にですか?」
レベルこそ高いが、シュウイの冒険者ランクは転職前のE級。普通なら指名依頼など出る訳が無いのだが……シュウイも伊達にトンの町で粘っていた訳ではない。トンの町の住人に――色々な意味で――顔を売った結果、住人たちからの指名依頼が時折舞い込むようになっていた。それらの多くは魔獣素材の採集や討伐の依頼――本来ならE級相手に出すような依頼ではない――であったが、今回の依頼は少々毛色が異なっており……
「そう。教会のシスター・マチルダからの依頼だね。何でも、礼拝堂の掃除だか修理だかを頼みたいとかで」
掃除と修理では随分違うではないか。いやしくも冒険者ギルドたるもの、依頼内容を確かめもせずに冒険者へ斡旋するような事があっていいのか。
「いや、それはそうなんだが……何しろあのシスター・マチルダだからね」
「あぁ……」
決して悪人ではないのだが、色々ホンワカと抜けていそうなシスター・マチルダの為人を思い出すと、シュウイとしても頷かざるを得ない。悪質な依頼ではない筈だから、詳細は会って確かめる方が良いだろう。
何しろシュウイの目の前には、プレイヤーならお馴染みの半透明なウィンドウが浮かんでいるのだ。
《クエスト「教会の模様替え」が発生しました。クエストを受けますか? Y/N》
ここでNを選んでどうするというのか。シュウイは躊躇う事無くYの文字をタップした。ただし――
「けど、今日は先約があるんで行けませんよ? 僕」
「丸一日潰れるようなような用事なのかい?」
「と言うか……どれだけの時間がかかるか判らないんですよ。ここの領主様に謁見する事になってるんで」
「領主様へ……? それはまた……」
そう、試験のせいで延び延びになっていた領主への謁見クエストが、試験明けのこの日に行なわれる運びとなっているのであった。
そういう事情ならと、シスターへの面会は明日にするよう手配する職員。
「僕、能く知らないんですけど……ここのご領主様って、どんな方なんですか?」
一応、先に謁見を済ませたナントからは、特に問題のある住人には見えなかったとの情報を得ているが、ここは折角だからギルド職員からの評判も聴いておきたい。
「どうってねぇ……しがないギルド職員の身では、領主様にお目に掛かる機会なんてほとんど無いからねぇ……。まぁ、下馬評という事なら、特に問題のある方ではないね。町の統治にも別段問題は無いし」
それでは――少なくとも今回は――面倒なクエストが舞い込むような事は無いか? そう判断しかけたシュウイであったが、
「あぁ、そう言えばご領主は気さくな方で、冒険者に直接依頼を出すような事もあると聞いたっけ」
――そう簡単には終わらないようだ。




