第九十一章 篠ノ目学園高校 9.ファミリーレストラン「ファミリア」(その8)
珍しくも正しい答えを導き出した匠であったが、実はこれには理由がある。有り体に言えば、匠と蒐一の母親たちが、家庭菜園を作っているのである。
蒐一の母親の場合は園芸趣味から派生したようだが、匠の母親の場合は息子の食欲に対抗するための措置として始めたという経緯もあって、当の匠としても無関心ではいられなかったらしい。殊勝にも基礎的な知識の幾つかは憶えたようだ。
「……ってアレか? 【堆肥作り】って言っても最初は堆肥とか作れなくて、土を軟らかくできるだけ――とか?」
「まぁ正解かな。レベル1までは土の膨軟化ができるくらいだけど、レベル2からはそれに加えて、魔力の浸潤ができるようになった。有機肥料が作れるようになったのはレベルが3になってから」
【器用貧乏】の効果でレベル3に達した事で、今は有機肥料を作れるようだが……聞き逃せないのはそこではなく、
「魔力の……浸潤?」
「何? それ」
「……名前だけ聞くと、土に魔力を供給するみたいだけど……魔力を含んだ土の方が、植物の生育が良い――って事なのかしら?」
確か瑞葉が、土魔法についてそういう事を言っていたような気がする。シュウイの【堆肥作り】でも似たような事ができるのか。そう思って確認のために問いかけた要であったが、
「ん~……説明文だとそうなってんだけど……確認のしようが無くってさぁ……」
訊けば前述の理由から、植物の根本に直にスキルを使うような真似は控えているらしい。となると、スキルはどういう具合に試用しているというのか。
「仕方がないから道ばたの土に使ってる。レベル1と2だけ」
「「「は?」」」
「だから……人目を避けて道ばたの土に、膨軟化と魔力浸潤だけ試してるんだって。見た目は変わらないからバレないし」
「「「…………」」」
「で、肥料にできるような有機物が街中だと手に入らないから、有機肥料の作成は試せてない」
「「「………………」」」
微妙な表情で沈黙する友人一同であるが、シュウイこと蒐一にとっても、レベル3の有機肥料作成が試せていないのは忸怩たる思いであった。
以前なら果物の皮などが残っていたのだが、今はマハラが嬉々として食べるため残らない。女将さんから残飯を貰う事はできようが、その理由を説明するのに困る。蒐一としては、「有機肥料作成」を鍛えればモンスターを堆肥に変えるような暴挙も可能なのではないかと考えており、一刻も早いレベルアップを切望しているのだが、無い袖は振れない状況である。
已むを得ず、膨軟化と魔力浸潤のスキルを上げるに留めているのだが……
「けど肝心の……植物に与える機会が無くってさぁ……」
成長するにせよ肥料負けで枯れるにせよ、目に見える変化が無くてはスキルの効果を確認できない。しかし目に見える変化があれば、住人もプレイヤーもそれに気付かない訳が無い。人目を引きたくないシュウイとしては、それは避けたい。
「と、そんな事情でさぁ……スキルの効果はまるで確認できてないんだよね」
匠と茜の二人は呆れ顔だが……独り要だけは思い当たる節があった。
(……瑞葉……道端で物凄く良い土を見つけたって、驚喜してたわよね……)
成る程こういう事であったかと独り合点した要であったが、その事には触れぬままに沈黙を貫いていた。
それというのも、SRO内における瑞葉の対人恐怖症の一因は、シュウイの凶行――「大剣」ビッグの生体解剖――を目撃した事でプレイヤーへの恐怖感がいや増した事にある。その元凶たるシュウイに引き合わせるなど、今の瑞葉にとっては拷問を通り越して処刑イベントでしかないだろう。シュウイこと蒐一には悪いが、引き籠もり症の友人との対面は、もう少し後にさせてもらおう。であるならば、今は瑞葉の所在地がバレるような言動は慎むべき。
……というような胸算用の結果、要は友人を守るためという名分の下に、素知らぬふりを決め込んでいるのであった。
――と、内心でそんな事を考えている要の事に気付きもせず、
「ねぇねぇ蒐君、だったら他のスキルとかは?」
「う~ん……さっきも言ったように、検証する機会が無かったんだよね。あとは……称号ぐらいかな?」
「「「……称号?」」」




