第九十章 トンの町 5.「ワイルドフラワー」プラスアルファ
シュウイ一味が東のフィールドで無双している頃、カナはパーティメンバーたちと、情報の検討に余念が無かった。
「……幼虫にしては珍しいスキルを得たものですな……」
感心とも呆れとも判じがたい反応を返したのは、カナの従者となったサンチェスである。SRO世界で年季を積んだ――という設定の――サンチェスにしても、マハラの進化は意外であったらしい。
「その点については、後でシュウ君に確かめる事にするわ。それより……」
カナは事情通のサンチェスに、従魔や召喚獣の進化について訊ねていく。〝自分なりに情報を集める〟とシュウイにメールを送ったカナであったが、心当たりの情報源とはサンチェスの事であったらしい。
「僕も詳しい訳ではありませんが……」
――と言ってサンチェスが曝露してくれた情報は、運営をして頭を抱えさせるに充分なものであった。……余計な情報を漏洩してくれやがって。
「つまり……何かの弾みでモンスターが進化するというのは、ままある事なのね?」
「然様。月並みとは言えませんが、そこまで珍しい事でもありませんな。従魔や召喚獣でもそれは同じでしょう」
「進化の切っ掛けは何なのか、知ってる?」
「色々あるとは思いますが……急激に魔力を蓄えた結果というのが多いようですな。濃密な魔力の澱みに身を曝したり、魔力を多く含んだものを食したり」
「ズートの葉はその一つなのね?」
「飛びっ切りの一つですな。抑、毒を含まぬズートの葉というのは、滅多に手に入るものではありませんので」
「そう言えば……シュウ君もそんな事を言ってたわね……」
ズートの葉は食べられそうになると強い毒を産生するため、草食動物がズートの葉を食べる機会はほとんど無い。そして、毒成分を含まないズートの葉は、【錬金術】や【調薬】の素材として珍重される――というような事を、ツリーフェットからの情報だと言って、シュウイ……いや、蒐一が話してくれた。そんな代物を椀飯振る舞いされたとあっては、進化くらいは当たり前なのかもしれぬ。
「……ねぇ、ズートの葉以外にも、進化のトリガーはあるのよね?」
――というカナの質問に答えてサンチェスが言うには、
「と、言いますか……寧ろズートの葉は特殊な例ですな。魔石なども進化を引き起こすと仄聞した事がございます。ただ、遺憾ながら詳細については存じませぬ。何卒ご容赦のほどを」
確定したトリガーがズートの葉だけというのは些か不安だが、運営だってそこまでレアなトリガーばかり要求はしないだろう。そう思ってサンチェスを問い詰めたカナであったが、魔石でも進化を誘発させ得ると聞いて、会心の笑みを浮かべる。
魔石が使役獣の「強化」に役立つであろうという事は――定番だからというメタな根拠の他に、一部住人からの聴き取りによって――ほぼ確実視されていたが、「進化」にも役立つというのは予想外だ。この情報は是非とも有効に使いたい。
……現状で使役獣を得ているメンバーがカナとセンしかいないというのは、情報の重要性に較べれば些細な問題だ。
――この時、カナの脳裏を何かがチラリと掠めたが、センからの質問に気を取られているうちに、その〝何か〟はそのまま忘却の彼方へと去っていった。
「ねぇねぇカナちゃん、この話、掲示板に上げるの?」
「それが問題よね……」
正直な話、このネタを独占して上手く立ち廻りたいという欲求はある。しかし、遺憾ながら「ワイルドフラワー」で使役獣を得ているのはカナとセンの二人だけ。そんな自分たちが、この情報を独占していいものか?
「……マナーとかどうとかよりも、バレたら面倒な事になるよな」
「ん、追及されるのは目に見えている。それこそ魔女審判と同じくらい」
「少なくとも、長期に亘って秘匿し続けるのは悪手でしょうね」
とは言うものの、自分たちへの恩恵が全く無いというのも業腹である。
「……詳細は伏せたまま、NPCからの情報として掲示板へ報告しましょう」
「その辺りが落としどころかな」
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さっき頭を掠めた〝何か〟が、〝シュウイはズートの苗の根本に魔石を埋めておいた〟という事であったとカナが気付くのは、もう少し先の事である。




