第八十七章 トンの町 7.新参スキル奮戦録(その4)
「うわぁっっ!」
「きゃあっっ!!」
「何なのよっ!?」
「キモっ!」
「――っっ!!」
「寄るなっ! あっち行けっ!」
そこに現れたのは、無数のゴキブリたちの群れ……そう、暴走であった。
懐中のシルとマハラが硬直したようだが、それも無理からぬところであろう。何しろ、黒い絨毯と化したゴキブリが、新人パーティーを埋め尽くしているのだ。二人ほどは既にログアウトして離脱した――もしくは、ショックのあまり死に戻った――ようだし、残った三人も一目散に逃げ去った。……大量のゴキブリに追われつつ。
(うわぁ……)
・・・・・・・・
シュウイが胸を撫で下ろした事に、悪夢は三十秒ほどで消え去った。
「……とりあえず窮地は脱したけど……これは封印決定かな。……けどなぁ……役に立ちそうなスキルではあるんだよなぁ……」
スキルのレベルが上がるにつれて、召喚できるスタンピードの種類や持続時間が変わるらしい。育てれば使い勝手の良いスキルのようだが……
「これって迂闊に発動すると、間違い無くとんでもない騒ぎになるよね」
少なくとも、カナやセンからは絶対禁止を言い渡されるに違い無い。使いどころは勿論の事、練習する場所にも注意の必要がありそうだ。当分は使用を見合わせた方が賢明だろう。
一気に疲れを感じたため、今日はこれで引き上げようとしたシュウイであったが、足下に荷物が転がっているのに気付く。彼らが岩に立てかけていた荷物だろう。
届けるべきかと考えていたシュウイであったが、ポーンという電子音とともに、遺留品がドロップ品扱いにされた事を報される。恐らくは【落とし物】の効果であろう。所有権を引き剥がされたものと見える。
新人からカツアゲしたような気分になって困惑するシュウイであったが、考えてみれば彼らは自分を〝討伐〟しようとしていたのだ。シュウイの主観的にはPKと同じである。ならば貰っておいても構わないだろう。
「さすがにPKとは違って、【解体】までは働かなかったかぁ。置き忘れていったものだけだね。けど……初心者の剣まで忘れていったのか……」
今更シュウイが初心者の剣など手にしたところで使いようが無い。さっさとナントに売り払うかと考えていたシュウイであったが、ふと思い付いた事があった。
「……これを持ってたら、新人の振りとかできるのかな?」
深い考えも無しにそんな事を呟くと、どこからともなく不満の念が伝わってきた。
「……へ?」
慌ててシルとマハラの様子を確認したが、両者とも不思議そうにこっちを見返すばかり。狐に抓まれた思いのシュウイであったが……もしやと思い当たる節があった。
「……けど、そんな事をしても面倒臭い事になるだけのような気がするし……やっぱりさっさと売り払おう」
――そう呟いてみると、嘘のように不満の念が消える。代わりに、どこかで何者かがウンウンと頷いているような気配を感じる。
「……これってやっぱり……僕の杖が付喪神として覚醒し始めてるって事だよね……」
気のせいか手の中で存在感を増したような杖を見遣って、シュウイは軽い溜め息を吐いた。どうやらそう遠くない将来、三体目の相棒に見える事になりそうだ。
斯くして、シュウイの濃い一日は終わったのであった。




