表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/874

挿  話 SRO開発前夜(その3)

 CANTEC企画開発部の会議室では、左右(あてら)常務の発言に納得できない一人が気炎を上げていた。(もっと)も、彼の場合は常務が提案する新作の方針に納得できないというわけではない。納得できないのは別の部分である。



「常務はヴァーチャルリアリティの部分だけを目新しくすれば済むような事を言ってたが、あれは俺たちに対する侮辱、もしくは挑戦じゃないか!?」



 憤懣(ふんまん)やるかたない様子で声高(こわだか)に当たり散らしているのは、企画開発部で制作チームの一つを任されている木檜(こぐれ)という男である。彼とてVRシステムに接続する事で未知の世界を体験できるという事が、VRゲームにおける大きなセールスポイントである事は認めている。ただし、それだけでは単に環境ビデオや環境サウンドの発展型に過ぎないというのが彼の主張である。


 いやしくも「ゲーム」と銘打つ以上は、VRフィールド内でプレイヤーが積極的に行動し、それに対してGM(ゲームマスター)側がリアクションを提示する、そのインタラクションを楽しむものであるべきだ。ヴァーチャルリアリティなどはその味付けに過ぎない。ゲームとしての本分はあくまでも世界観やシナリオなどにあって、それを(かろ)んじてヴァーチャルリアリティに傾倒するのは本末転倒だという思いがある。その思いに共感できる者が、ここ企画開発部の会議室に集まっていた。



「しかし木檜(こぐれ)さん、ヴァーチャルリアリティ以外の部分をセールスポイントにしようと言っても、シナリオも設定も世界観も、あらかた出尽くしてるんじゃないですか? 一工夫ぐらいはできても、目新しさはないでしょう?」

「考えている事が全く無い(わけ)じゃないんだが……問題点があってな」

「何です?」

「俺の腹案が上手くいったとしても、ある程度ゲームを進めないとその効果は実感できん筈だ。序盤からユーザーのハートを鷲掴みにはできん」

「序盤からじゃないと何か(まず)いんですか?」

「常務の提案が通ったら、新作ゲームを始めたユーザーが従来以上のヴァーチャルリアリティにインパクトを受けるのは間違いないだろう。それはいいんだが、インパクトを受けるのが、()(ぐるま)任せのヴァーチャルリアリティだけ(・・)というのは面白くないだろう? CANTEC開発室ここにありってのを見せてやりたいじゃないか」



 木檜(こぐれ)の発言に、ようやく納得がいったという顔のスタッフたち。



「……要するに、()(ぐるま)だけにでかい顔はさせないと、そう言いたいんですね?」

「あぁ。幸か不幸か、()(ぐるま)が提案するヴァーチャルリアリティは、戦闘職、それも現実にスポーツなどの経験があるユーザーには好評を博すかもしれんが、それ以外のユーザーには、十字(つじ)さんが言うほどには受けないだろう。だから俺たちの方で、戦闘職以外のユーザー向けのアピールを考えなくちゃならん」



 単に子供っぽい競争心からの反発かと思いきや、案外と深いところまで考えている事に、少しばかり驚くスタッフたち。普段木檜(こぐれ)という男がどう見られているか判るというものだ。

 


「しかし、序盤からユーザーのハートを鷲掴みというのは……」

「リーダー! ここはやっぱりモフモフですよ!」



 スタッフの男性が何か言いかけるのに押っ被せるように、力強い声で主張した女性がいた。確か戀水(こいずみ)といった筈だが……。



「モフモフだぁ!?」

「はい! モフモフです! これまでのゲームは絶対にモフモフ成分が足りてないと思うんですよ!」



 熱く――というより暑苦しく――語る内容を要約すると、これまで触覚を充実させたVRゲームが無いというのが根深い不満であったらしい。折角のVRゲームなのに、折角モフモフなモンスターがいるのに、その手触りを楽しむ事ができないのは、仏作って魂入れずではないかと強く訴えたのである。それは魂の叫びと言ってもよかった。家の事情やアレルギーなどでモフりたくてもモフれない悲劇のヒロイン――なぜ女性限定なのかという疑問を浮かべたスタッフも多かったが、そこを突っ込むほど度胸の据わった者はいない――は多い筈、今こそその潜在需要を掘り起こす時ではないかと、懇々(こんこん)と、切々(せつせつ)と、滔々(とうとう)と、綿々(めんめん)と、戀水(こいずみ)という女性スタッフは訴えた。



「しかし……触覚をそこまで表現するとなると相当リソースを食うぞ? プログラムだって一朝一夕には作れんし、テクスチュアも……」

「いえ、リーダー。十字(つじ)さんという人は、リソースの問題は()(ぐるま)がどうにかすると(おっしゃ)ったんですよね? それに社長は、今回採算は度外視してもいいと(のたま)ったとか?」



 見かけによらず黒っぽい笑みを浮かべて指摘する戀水(こいずみ)女史。十字(つじ)氏にしろ社長にしろ、発言の趣旨は別のところにあるような気がするが、それでも発言――失言とも言うが――自体は事実である。一瞬、同調するかのような黒い(わら)いを浮かべかけた木檜(こぐれ)であったが、すぐにその(わら)いも消える。



「駄目だ……プログラムもテクスチュアも、今から開発していちゃ間に合わん」

「大丈夫! こんな事もあろうかと(・・・・・・・・・・)、プログラムその他は個人的に開発していました!」



 どうやら、いずれ日の目を見る時が来ると、個人的にコツコツと開発を続けていたらしい。一応プログラムをチェックし、大筋で問題は無さそうだと確認がとれた段階で、戀水(こいずみ)女史の提案は採用された。もう少し改良は必要だが、いずれ彼女を筆頭にしてチームの名前で特許を申請する事になるだろう。



「……しかし、仮に戀水(こいずみ)の言う通りモフリスト(・・・・・)のハートを掴んだとしても、そればかりではゲームが進まんぞ?」

「モフるために全力を賭してモフモフなモンスターを倒そうとするかも知れませんよ?」

「それはそれで何だかなぁ……」



 モフモフ以外のアピールポイントは無いのかと周囲を見回す木檜(こぐれ)。困ったように顔を(そむ)け、視線を()らすスタッフたち。その中で一人、()()ずとだが手を挙げた者がいた。



「あの……常務の提案が通った場合、生産職と戦闘職の境界が無くなる(わけ)ですよね?」

「少なくとも曖昧(あいまい)にはなるだろうな」

「そうすると、生産職が戦闘スキルを取ったり、戦闘職が生産や採取のスキルを取るような事が起きますよね?」

(むし)ろ、それが普通になるだろうな」

「必要なスキルが増えると、取得するのも大変になりませんか?」

「それは、スキルポイントやスキル枠を増やしたり……いや、キャラクタークリエイト以後の事を言っているのか?」

「はい」



 ふむと考え込む一同。昨今(さっこん)のVRゲームでは、行動経験を反映してスキルが獲得可能となる方式が主流であり、これは転職の場合も同様である。ただ、この仕様だと、それまでの行動と無関係なスキルを新たに取得したい場合、それもプレイヤーが全く無知であるようなスキルを取得したい場合には、少しどころでなく面倒になる。ゲーム内で売っているスキルオーブを購入する以外は、欲しいスキルの行動を真似してスキルが生えてくるのを期待するしかないのだが……後者の場合にもこれまでの行動経験が阻害要因として働く事があるのだ。他社のゲームの話だが、戦闘職一本でやって来たプレイヤーがふとした事でゴルフのスキル――接待に必要になったとか言う話もあるが、真相は不明――を得たいと思って素振りを繰り返していたら、なぜか薙刀(なぎなた)の下段払い――(すね)打ちとも言う――を取得したというのは、この業界ではよく知られた笑い話である。



「確かにそうだが……何か腹案があるのか?」

「あの……スキルが勝手に生えてくるようにしたらどうかと思うんですが?」

「勝手に生えてくる!?」



 若いスタッフ――中嶌(なかじま)というらしい――の提案は、プレイヤーがスキルをランダムで取得できるような仕組みを作ったらどうかというものであった。



「ランダムって……誰得だよ」

「例えばの話だが、序盤で生産職が両手剣のエクストラスキルを拾ったりするのか?」

「使えんだろう、そんなの拾っても」

「エクストラスキルの場合は、例えば種族レベルがある値に達するまでロックされるとかの制限をかける事は可能でしょう。それまで大事に持っておくか、さっさと捨てるか、あるいは戦闘職に転職するか、プレイヤーの選択の幅を広げる事になります」

「困難な決断を迫るとも言えるな……」

「まぁ、そういうのは極端なケースだろうが……興味は引けるかもな」

「何より()(ぐるま)は――将来的には――VR空間でのスキルのインストールによる現実でのスキルアップを狙っているんですよね? なら、全く未体験のスキル修得に関するデータが取れる機会を逃さないと思います」

「むぅ……確かに会議は通るかもしれんが……」

木檜(こぐれ)さんが言った、序盤からユーザーのハートを掴むという点ではどうなんだ?」

「いや……掴まないまでも、序盤で飽きられさえしなければ、中盤までは――惰性もあって――やってくれるだろう。そこまで引きつけておけば、後はゲーム展開などで何とかなる」

「ちょっと待って下さい! 変なスキルばかり生えてきたら、プレイヤーからの苦情が殺到しますよ!?」

「不要なスキルは捨ててしまえばいいだろう」

「だったら、(そもそも)そんな仕様にする必然性もないでしょう?」

「スキルについては、とりあえず必要そうなスキルが優先的に生えてくるようにして、無関係なスキルが生える確率を下げればいいでしょう。それと、不要なスキルを捨てるかどうかの話ですが、スキルの交換ができるようにしたらどうでしょう?」

「スキルの交換ねぇ……」

「何か揉め事を引き起こしそうな予感がするな……リアルマネートレードとか」

「ギルドが扱うようにしたら?」

「いや……しかし、ある者には不要で別の者には必要というスキルが、そんなに都合良く揃うか?」

「無いとは言わんが……序盤で鷲掴みというのは無理っぽいか」

「……スキルトレーダーがあるんなら、スキルコレクターもありかな?」

「スキルコレクター? 何だ、そりゃ?」

「いや……単にコレクション熱を(あお)れないかなと思っただけなんだが」



 コレクションという言葉に興味を示すスタッフ一同。トレカだのガチャだのを集めるのに熱中した者も少なくないのだ。



「けど……スキルを集めてコンプしたら何になるんだ?」

技術(スキル)の集成……技術体系か?」

「コンバットアーツとか、剣術とかか?」

「あれ? それって『スキル』じゃなかったか?」



 作品ごとに「個々の技術」と「技術体系」の名称が錯綜している事で盛り上がる一同。そこで一人のスタッフが、ある意味で方針を決定づける発言をする。



「そう言えば……俺、こないだ昔のRPGをプレイしてみたんだけどな。ドット絵のやつ」

「うわっ! そんなんまだ持ってたのかよ?」

「あぁ、それで気付いたんだけどな、剣術とかのスキルで技を習得する順番って、決まっているのな」



 言いたい事を察したらしく、それまで騒いでいた同僚たちが静かになる。ゲームがVR化してからは以前ほどあからさまではないにせよ、習得する技の順番は大体決まっている事が多い。



「そりゃ……しかし、基本の技から入るのは当然だろう?」

「けど、剣道の試合なんか見てても、構えも得意技もバラバラだぞ? 常務の提案が通ったら、ある意味で現実に即したものになるのかもしれんが」

「いや……(むし)ろそれは……序盤で覚えるスキルの種類が少ないって事じゃないのか? 順番の問題じゃないだろう?」

「大体、四つ足で突っ込んで来るモンスター相手に、小手やら胴やらは狙いにくいだろうが」

「だが、上段と下段、順手と逆手、打ち込みの角度の区別ぐらいはできるだろう?」

「上段からと下段からじゃ、打ち込みの軌道も狙いも全然違うだろうが」

「面はともかく、胴はあるんじゃないか?」

「いや、それよりもだ、スキルを発動すると全て同じ構えになるのが(まず)いだろう。何を狙っているのかバレバレだぞ?」

「確かに……構えが固定されるのは戦術的に不利だよなぁ……」



 数人のスタッフが考え込んでいる脇では、別のグループが別の問題を討議している。



「必ずしも技の種類が少ないとは言えんと思うが……」

「いや、同程度のレベルで修得可能な、同程度の威力の技ということなら、確かに少ないかもしれん」



 意外な視点からの指摘を受けて、わいわいと盛り上がるスタッフ一同。そこへ木檜(こぐれ)が割って入る。



「つまり……剣道で言えば面・胴・小手に相当する技、仮にこれをスキルとすると、最初にどのスキルを選ぶかはプレイヤー次第。その後はランダムな順番でスキルを身に付けていき、コンプすると『剣道』という技術体系が身に付くという(わけ)か。……成る程、これなら同じ『剣道スキル』でも、かなり個人差を出す事ができるな」



 う~んという顔で考え込むスタッフ一同。確かにこれならプレイヤーの自由度は高まる。中嶌(なかじま)が提案したスキルのランダム獲得と組み合わせれば、足払いを得意とする剣士なんかも出てきそうだ。これはセールスポイントになるだろう。モンスター相手の武技についてはもう少し練り込む必要があるだろうが、それはまた別の話だ。



「良さそうだな……他に何か意見のある者は?」



 木檜(こぐれ)の声に励まされるように、一人が遠慮がちに手を挙げる。



「あの……戀水(こいずみ)さんの話を聞いてて思ったんですが……どうせモンスターをテイムするという話になるんなら、敵対的でないモンスターを増やしたらどうかと……」

「ん? 人懐(ひとなつ)っこいモンスターってことか?」

「いえ、そうじゃなくて、プレイヤーが攻撃しない限り、プレイヤーを敵視しないという意味です」

「……あれか、何も考えずに攻撃すると、敵対する存在が増えるという」

「面白そうだが……素材が欲しい連中とテイムしたい連中で、意見の対立が激化しそうだな」

「いいんじゃねぇか? 常務の言葉を借りれば、プレイヤー間の関係が深化するって事だろ?」

「けど……どうやってテイムするんだ?」

「そりゃ、実力の違いってやつを判らせてやるんだろう?」

「だとすると、戦闘力の低い者はテイムできないという、従来の制約は変わらんぞ?」

「餌付けは?」

「餌付け?」

「うん。美味い物を与えて餌付けする」

「待て。……だとすると、モンスターにも味覚が必要になるぞ?」

「それに……モンスターの餌が美味いかどうかをプレイヤーが判断するとなると、モンスターが常食している餌を、プレイヤーも味わう必要が出てくるんじゃないか?」

「……食材でない(・・・・・)野生の木の実や草にまで、味わい(・・・)を設定するのか?」

「確かにプレイヤーに与える印象は大きいだろうが……」



 話が段々と大きくなり、やや腰が引けた様子のスタッフたち。頃よしと見たか木檜(こぐれ)が総括に入る。



「それくらいでいいだろう。スキルとモンスター、うちのチームからはこの二つを主軸にした提案を上申しよう。これ以上ネタを増やすと、下手すると自分の首を絞めそうだしな。この二つを中心としたデザイン案を、明後日までに(まと)めるぞ」


 うんざりした顔付きの一同だが、反対の声は上がらない。渋々と、そして三割ほどは浮き浮きと、ゲームデザイン案を(まと)める作業に入るのであった。


次話は金曜日に更新の予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ