第八十六章 篠ノ目学園高校 6.放課後(その4)
なぜか考え込んだ要を見て、今度は蒐一の方が不安になる。なにか拙い事をやらかしたろうか。モックからは事後承諾で了承を貰ったが。
「……何か問題でもあったか? 要」
同じように不審を覚えたらしい匠が質問を投げかけた。
「あぁ……いえ……抑蒐君が受けてる指導クエストって、第二陣が殺到した事による間に合わせじゃないかって話になってたわよね?」
「それがどうしたのさ?」
「あぁ……そう言われれば……」
何かに気付いたらしき匠が、やはり奇妙な表情を浮かべた。
「うん……私にも能く解らないんだけどね……間に合わせででっち上げた指導クエストに派生クエストがある――っていうのが腑に落ちないのよね……」
「あぁ……」
「言われてみれば……」
こちらもやっと気付いたらしい茜――彼女も一応はβプレイヤー――ともども、妙な表情になる蒐一。
「……けど、確かに〝派生クエスト〟ってなってたよ?」
「……本来別口の筈のクエストが、転用されたんじゃないのか?」
「即興で派生クエストがでっち上げられた――というよりかは、少し説得力があるわね。……でもね、そうだとしても不可解な点は残るのよ」
「技芸神への奉納」というクエスト自体は、恐らく吟遊詩人用の正式なクエストであろう。だが、なぜそのクエストが、正式な指導員でもないシュウイの前に提示されたのか? 本来ならこれは、吟遊詩人もしくはその志望者の前に提示されるクエストではないのか?
「……確かにそう考えた方がスッキリすんな」
「けど、モックの前には選択肢は出なかったって言ってたよ? いきなりクエスト開始のメッセージだけが現れたって」
「……それも含めて、何か色々とチグハグなのよね……」
確かに現状指導員の数が足りてないのは事実だろうが、それでも正規の指導員が着任するのを待ってから、このクエストを開始すればよかったのではないか?
「それをしなかった理由かぁ……」
「単純に考えれば、何かしらのタイムリミットがある可能性が疑われるんだけど……」
「でも要ちゃん、メッセージウィンドウには〝このクエストに期限はありません〟――ってなってたよ?」
「それが悩みの種なのよ……」
――要を悩ませている不整合性の理由であるが……その真相は〝AIのノリと勢い〟という、誰が聞いても正気を疑うようなものであった。
元々SROの目的の中には、AIにどこまで自律的で柔軟な対応を任せられるか、その検証をしようというものもあった。ゆえにこのゲームでは、管理AIはそれ相応の能力と裁量権を持たされていたのだが……件のAIがシュウイをストーリー進行上の特異点であると認識し、その行動を――試験的に――助長しようと決めて動き出したため、運営側の想定を裏切る展開が出始めているのである。
型に嵌った指導しかできないであろうNPCの指導員でなく、天衣無縫にして自由闊達、予測不可能なシュウイにモックの指導を任せた方が――実験の意味でも――面白いと判断したAIが、余計な邪魔が入らないようにと、駄目押しの形で問題のクエストを押し込んだのである。指導クエストの進行中は子弟を引き離す事はできず、余計なアクシデントも抑制――排除ではない――されるようになっているという、このゲームの仕様を巧く衝いた管理AIのナイスプレーであった。
――ただ……こういった裏事情までは、一介のプレイヤーである要や蒐一には解らないため、頭を悩ます羽目に陥っているのであった。
「……何にしてもだ、この一例だけじゃ判断はできんだろ。……十中八九まで蒐が原因だろうけどな」
「おぃ匠、それってどういう意味だよ?」
「えぇ、同じような報告を待つしか無いわね」
「幸か不幸か指導員不足は解消されてないんだろ? なら、他でも同じようなケースが報告されるんじゃないか? ……蒐が原因じゃなければな」
「……要ちゃんたちだって、その気になれば受けられるんじゃないかな、指導クエスト」
このままでは自分が原因という事に――事実そうなのであるが――されてしまうと危機感を抱いた蒐一が、要を巻き込むべく話を振ったのだが……




