第八十三章 トンの町 4.惨劇の再演(その2)
中程に少々残酷な表現がありますので、ご注意下さい。
(わぁ……思った以上に使えるな、【左右】。……〝右と左の取り違えを起こさせる〟ってなってたから、もしやと思って使ってみたんだけど……)
……例によって例のごとくシュウイであった。
〝右と左の取り違えを起こす〟とだけ書いてあった説明文を読んで、あまり物騒な効果ではないだろうと試してみたところ……
(……右手を動かしたつもりなのに、左手が動いたりしたからなぁ……)
妙な動きに戸惑いつつも、何となく楽しくなってスキルを使っていたところ、【器用貧乏】が良い仕事をして、スキルのレベルが3に上がった。その時点でスキルの説明文が、〝取り違えを起こす〟から〝起こさせる〟に変わっている事に気付き、ひょっとしたらと思って実戦で検証してみたのであったが……
(予想通りの効果か……。面白いけど、あまり長時間使って、スキルに気付かれると面倒だからね。さっさと次に移るか)
死角から接近し、隠し持ったバグ・ナクで喉笛を斬り裂く。
死なないように注意して。
(これで詠唱はできなく……なったな。これは成功か。じゃ、次)
このゲーム、物理職だから魔法は使わない使えない――という事など勿論無く、剣士だろうが拳士だろうが、技の合間に魔法を撃つくらいは普通である。
魔法職には及ばないにせよ、その選択肢を残しておいては面倒とばかりに、シュウイは剣士の喉を裂いて詠唱を妨げる。
(さて……これで心置き無く、この前の続きができるよね)
前回の実地試験は一ヵ月ほど前、「大剣」ビッグとか名告るチンピラが実験台になってくれたのだが……
(……あの時は、途中で逃げられたからなぁ……今度は慎重にいかなくちゃね)
俯せにひっくり返した剣士の腰椎に奪った剣を――貫通しないように注意して――刺してやると……
「……腰椎を断ち切ってやると……立てなくなったか。……この辺りはリアルと同じなのかな……」
ぶつぶつと穏やかならざる内容を呟くシュウイにギャラリーはドン引き――一部は既に逃げ出した――なのであるが……シュウイとてリアルで腰椎を切断した経験など無い。ただ知識として、腰椎を破壊すると、脳の指令が下肢に届かなくなって麻痺が起きる――という症例の事を知っているだけだ。
……それだけなのだが……妙に手慣れたその様子から、リアルでも同じような事をやっているのではないかと、第二陣プレイヤーたちから一気に距離を取られたシュウイであった。
……だが……当のシュウイはそんな事に気付くゆとりも無く……
「……次は両方の鎖骨を折ってやると……あ、手が上がらなくなったみたいだ。……この辺りもリアルとおんなじか。凝ってるなぁ……」
――と、シュウイは感心しつつ、くぐもった悲鳴を上げる剣士の片目に指を突っ込みんで抉り出す。
「眼球もちゃんと抉り出せた、と。こんなところまで実物どおりなのか。拘って作ってるなぁ……」
抉り出した眼球を翳すようにして、矯めつ眇めつそれを眺めているのは、天使のような微笑みを浮かべた中性的な顔立ちの少年。
……もはや猟奇的の一語で済ませられるような情景ではない。
「さて……まだ大丈夫っぽいけど、死んじゃう前に手早くやんないとね。革鎧を外して……さて、待望の腑分けを……あれ……?」
いそいそと解体に進もうとしていたシュウイであったが、まだ死んでいない筈の剣士の姿がPvPフィールドから消えた事に戸惑う。しかし、その直後に半透明なウィンドウが浮かび上がり……
「……何だよ。また強制ログアウトってやつか。……ただのゲームだっていうのに……仮想現実と現実を取り違えるユーザーって、多いのかなぁ……」
目的の一部が達成できずに不満そうなシュウイであったが、PvPの報酬を確認すると、その仏頂面も緩もうというものである。
(おぉ……結構良い稼ぎになったな♪ ……騒いでた連中って、他にもいたよね……)
――などと不穏な考えを抱きつつ顔を上げたシュウイであったが……第二陣プレイヤーたちの姿は、跡形も無く消え去っていた。……二人を除いて。
(あ……モックとエンジュ、引き攣ってる。……少し刺激が強かったかな?)
指導している相手に距離を取られたら、今後の指導にも差し障りが出る。何とか誤解を解かなくては――と、急ぎ頭を働かせるシュウイであった。
尤も、その頭の片隅で――
(……あっ、しまった。万力鎖を試してない。……そこまで必要無い相手だったからなぁ……。ま、切り札としてとっておくか)
――などと考える余裕はあったりするのだが。




