第八十三章 トンの町 1.道具屋の前で
「微睡みの欠片亭」にログインして、階下の食堂で朝食を済ませる。ものは試しと、降りて行く前に【着痩せ】を発動してみたら、宿の女将さんに痩せたんじゃないかと心配された。自分ではそこまで痩せたように思えないんだけどな。……シルとマハラも妙な顔をしてたし……端から見る分には違うんだろうか?
心配していたように〝ログアウトするまで解除できない〟って事はなかったけど……痩せて見えていたのがいきなり元に戻ったら、不審を抱かれるのは間違いない。……なので実質的に使いっ放しだよ。幸いクールタイムは無かったので、人気の無いところでオンオフを繰り返して、【器用貧乏】の効果で一気にLv3まで上げた。モックとエンジュの二人に気付かれると面倒だから、今は切ってるけどね。
レベルが上がったところで判明したけど、この【着痩せ】ってスキル、育てるとステータスをナチュラルに低く偽装する効果を発揮するみたいだ。その反面で、【威圧】などの効果も低下するみたいだけど。……例によって癖のあるスキルだな。重ね着をすると効果がアップする――なんて、無駄に凝った仕様になってるし。
さて、新人二人と合流してから、ナントさんの店に行かなくちゃ。匠……じゃなくてタクマに頼まれたから、店売りの古道具にレベルがあるかどうかを確認しないと。……【鑑定EX】頼みなんだけど……その事もナントさんに相談しないといけないよね。ズートの実の納品クエストがどうなったのかも知りたいし……
あぁ、それと新人二人の装備の事もあった。道具にレベルが存在する事とか、まだ話さない方が良いだろうって事になったんだけど……それはそれとして、直ぐに買い換える前提で安っぽい装備を買うのは止めるようアドバイスする……くらいなら構わないだろうって言われたしね。一応指導役を任されてるんだから、二人の不利益になるような事はさせられない。……まぁ、ナントさんとテムジンさんにはメールで教えておいたけど。あ、そう言えば……「黙示録」のケインさんたちにも、教えておいた方が良いよね。
……結構やる事があるなぁ……。少しずつでも片付けていくか。おっと、【平衡感覚】は使っておこう。少しでもレベルアップさせておきたいしね。
――という思案を胸に抱きつつ、新人二人と合流したシュウイが、目的地である「ナントの道具屋」の傍で目にしたのは……
「……何だろ? あれ」
「何か人集りと……威嚇するような声がしてますね……」
「双方で声高に言い合ってるみたいな……あれって、ナントさんのお店ですよね?」
「……少し急ごうか」
「「はい!」」
・・・・・・・・
「……な言い掛かりをつけるんじゃねぇよ!」
「あぁ? 言い掛かりたぁ何だ!? 昨日と今日で買い取り価格が違うなんておかしいだろうが!?」
「だから……それは入荷と在庫の問題で……」
「文句があるなら売らずに帰りやがれってんだ!」
「あぁ……あまり事を荒立てないで……」
「NPC風情がナマ言ってんじゃねぇ! プレイヤーの便宜を図ってろ!」
「いや……僕は住人じゃなくて……」
「アンタ、さっきから何だ!?」
「いや……僕はこの店の……」
ナントの店の前で騒ぎ立てているのは、どうやら第二陣と覚しきプレイヤーたち。彼らと正面切って渡り合っているのはこの辺りの住人らしく、その中にナントがいるのだが……
「後発組が文句を言ってるみたいだけど……」
「エキサイトしてるのって、住人の方ですよね?」
「ナントさん、困ってるみたいですね……」
今一つ事情が飲み込めないシュウイが、偶々傍にいた顔見知りに問い質したところ……
「つまり……素材の買い取り価格が下がったのが納得いかないと……」
「あぁ。店主が言うとおり、値段なんて在庫と売れ行きで幾らでも変わるってのによ。全く異邦人の連中ときたら……おっと、シュウイも異邦人だったっけな」
「あのガキどもも、ちったぁシュウ坊を見習ってほしいもんだぜ」
「値段に文句があんなら、冒険者ギルドへ持ってきゃいいだろうによ」
「まぁ、冒険者ギルドは買値は一定だが、その分低めに買い取ってるからなぁ」
「「「はぁ……」」」
何となく事情が飲み込めた三人。ただ、この現状を生み出した原因というのは……
(「多分ですけど……これって先ぱ……僕たちのせいですよね?」)
(「素材、たくさん持ち込んじゃいましたもんねぇ……」)
――そうなのである。
新人二人の特訓を兼ねて近場のモンスターを狩りまくったため、ついに素材がだぶつくようになったのだ。しかもシュウイは大抵のモンスターを杖の一撃で仕留めている――そんな事をするから杖のレベルが暴騰するのだが――ため、得られる素材も質の良いものばかりである。
ギルドでの買い取り価格を攪乱しないようにとの配慮から、ナントはシュウイから買い取った素材の大半を住民に廻していた。しかし、良質の素材が比較的安く住民の間に出廻ったため、ついに住民への納品クエストまでが、依頼や買い取りの価格低下という形で影響を受けるようになった……というのが事の次第なのであった。
「……で、ナントさんが元凶と思い込んだプレイヤーが、ナントさんの店に押しかけて……」
「そこに近隣の住民や常連が割って入って」
「一触即発の状態で今に至る……と」
はてさてどうしたものか――と、シュウイたちが決め倦ねていたところ……
「あ……おぃっ! あの小僧だ!」
「「「――え?」」」
離れた位置から騒ぎを眺めていたシュウイたちの姿を、偶々目に留めた第二陣組の一人が声を上げた。
買い取り価格低下の原因がナントの放出する潤沢な素材にあると探り当てた時点で、その素材を持ち込んでいる者こそが元凶と判断するのは無理のない話であり、彼らはそういった経緯でシュウイの事を探り出していた。剣の一本も持たず杖のみ携えた、黒髪のやや小柄な少年。加えてこのところは新人と覚しき少年少女を連れている――となれば、条件に該当する者は多くない。
斯くいった尤も至極な理由で、シュウイたちはあっさりと特定されるに至ったのであった。




