第七章 篠ノ目学園高校(月曜日) 1.昼休み
僕と匠と茜ちゃんは、今日も屋上で弁当を食べながらSROの事を話していた。
「お~、蒐君、ついに『スキルコレクター』の事を話したんだ」
「うん。いつまでも隠し通せるもんじゃないって気がするしね」
「ま、知っておいてもらう方がやり易いよな」
匠の紹介なら大丈夫だろうって気もするしね。言わないけど。
「んで? リアルの称号についても話したのか?」
「……そっちはまだ……」
うん。「微笑みの悪魔」だの「惨劇の貴公子」だのって渾名、自分から話す気になんかなれないよ……。
「ま、余計な事まで喋る必要はないけど、祖父さん仕込みの武術については話しておいた方がよくないか?」
「今のところは大丈夫かな? スキルだけで倒せてるし」
「え? 蒐君、あの変なスキル、使えるの?」
「茜ちゃん……」
「いや、茜の言うとおりだと思うぞ? あの微妙スキルで闘えるのか?」
「……隙をつくるのには向いてるし、隙さえできれば何とかなるし」
「さすが蒐君だね」
「いや……でも、まぁ、解るな。確かに隙はつくれそうだわ。けど、それだと暗殺者寄りの闘い方になんのか?」
「ナントさんにクロスボウを売ってもらった」
「あ~、狙撃手か。蒐はそっちに行くのか」
「ん~、まだ決めてないけど、選択肢は持っておきたいし……」
「自分で成長の方向を決められないってのは、結構なデメリットだよなぁ……」
匠の言うとおり、『スキルコレクター』の最大のデメリットは、自分で成長の方向を決められない事だと思う。
SROはいわゆるスキルLv制のゲームで、選んだスキルの成長によってステータスが変化すると同時に、次に取れるスキルの種類がある程度決まってくる。解り易く喩えると、純粋なアタッカーとしての成長を選んだ者が、一転して料理人のスキルを取ることはまずできない。その代わりに、他の職業ではそもそも選択肢に出てこないようなスキルを取ることができる。
もし幅広いスキルを取ろうと思ったら、初期設定の段階で様々なスキルを選んでおく必要があるが、そうするといわゆる器用貧乏に陥りやすい。
どういうスキルを採るかによって成長の方向が決まってくる訳だけど、『スキルコレクター』である僕は、取るスキルを自分で選ぶ事ができない。つまり、どういう方向に成長するのか全く予測できない。なので、装備にしても様々なものを用意しておかないと、スキルを十全に活用できない。
「今のところ生産系のスキルは入ってないけど……先の事を考えると、今のアイテムバッグじゃ容量が絶対足りなくなってくるよなぁ……」
「あるよ。もっと大きなアイテムバッグ」
「どこに売ってるのさ!? 茜ちゃん!」
「蒐君、近い近い、落ち着いて」
いけない、僕とした事が。これでも紳士で通ってるというのに。……おい匠、チビっ子紳士、って呟いたの、聞こえてるからな。
「では改めて、どこに売ってるの、茜ちゃん?」
「ん~、ナンの町には売ってるよ」
そうか……ナンの町で手に入るのか……
「あ、でも、凄~~~く高いよ?」
「……そうなの?」
「俺が見たのは二百五十万Gだったな」
「あたしが見たのは百八十五万だった」
「何!? その馬鹿げた値段!」
「いや? 魔道具の類は大抵高いぞ? まぁ、アイテムバッグは特別高いけど」
う~ん、さすがにそこまで高いと、素材の代金を加えても手が出るかどうか……
「あ、でも、アイテムバッグが高いのは、それを作れる職人が少ないからだって言ってた。レアなスキルが必要って事なら、蒐君がそのスキルを取る可能性はあるんじゃない?」
「あ~、可能性は無くも無いか……」
おおっ♪ もしそのスキルが取れたら、左団扇で暮らせそうだ……ゲームでは。
「あ、でも、蒐君なら、誰でも取れる革細工のスキルが取れないか」
「……茜ちゃん……持ち上げてから落とすのやめようよ……」
見えてきた希望の灯火をあっさりと吹き消されて、僕は再び落ち込んだ。
「まぁまぁ、蒐、そう気にすんなって。そのうち何か良い事あるさ。で、ナンの町にはもう着いたのか?」
匠のやつ、力業で話題を変えたな。まぁ良いけど。
「……今はイーファンの先で野営中。今日中には着くんじゃないかな」
「旅は順調に進んでるんだ」
「うん。順調に盗賊を狩ったかな」
「……いや、ソレ、普通は順調って言わないから」
「蒐君的に順調な訳かぁ」
茜ちゃんの発言を問い詰めようとしたところで予鈴が鳴った。
「あ~……続きは放課後な」
「あ、そう言えばカナちゃん、今日は一緒に帰れるみたいだよ」
「お、要のやつ、久しぶりに休みが取れたのか」
「なんか、ブラックな職場のサラリーマンみたいだね……」
「全く、図書委員なんかになるからだ」
「図書館の本購入に干渉できるからだって。入った理由を聞いたら言ってた」
「あいつ、確か中学の時もクトゥルフ全集なんか買わせてたろ」
「『毛皮のヴィーナス』と『美徳の不幸』じゃなかったっけ?」
「カナちゃんが買わせたのは『デカメロン』だよ? 確か……」
「『腹腹時計』は買えなかったって残念がってたような……」
「ま、その辺は本人に聞けばいいか。帰りに幕戸にでも寄ってこうぜ」




