第五十五章 【迷子】騒動 5.スーファンの宿場町(その3)
「あらあら、随分早く採ってきて下さったのねえ。これなら、新鮮なうちに薬師さんに届けてもらった方が良いかしら。済みませんけど、これを薬師さんに届けて戴けます? 薬草の代金はお支払いするから」
《これはチェーンクエストです。配達依頼を受けますか? Y/N》
いつの間にかチェーンクエストが発生していたらしい。
実はこれ、薬草を規定時間以内に持ち帰った時にだけ発生するチェーンクエストであった。シュウイは【疾駆】のスキルに物を言わせて、騎兵顔負けのスピードで採集地まで往復して来たので、チェーンクエストのルートに入ったようだ。
普段なら一も二もなく受注するところだが、今回は今日中にという制約がある。迂闊に引き受ける事はできなかった。
「あの……その薬師さんって、どこにお住まいなんですか? あまり遠くだとお引き受けできないんですけど」
「あら、勿論この宿場町に住んでいますとも」
だったら問題無いかと引き受けたシュウイであったが、まさかその薬師を訪ね当てるのに町中を歩き回る羽目になろうとは思わなかった。
まず、老婦人の説明があやふやであったために住所の確認に手間取り、ようやく訪ね当てたところが先月引っ越したと言われ、引っ越し先に行ってみると店は閉まっており、途方に暮れていると雑貨屋で見かけたと教えてくれた人がいて、雑貨屋に行ってみると……という感じで延々と引っ張り回されたのである。
残り時間が気になって焦りまくるシュウイであったが、最悪はここで一泊して、明朝早くからトンの町まで【疾駆】を使って駆け抜けようと腹を括ったところで、無事目当ての人物に会う事ができた。
「いや、済まないね。随分手間をかけさせたみたいだね」
「えぇ……少しばかり……」
「さて……調合はこれで終わりだけど……一つ頼まれてもらえないかな?」
《これはチェーンクエストです。配達依頼を受けますか? Y/N》
まさかこのタイミングでチェーンクエストの続きがあるとは思わなかっただけに、一瞬返答が遅れるシュウイ。それを了解の印と受け取ったのか、薬師は依頼内容を説明し始める。
待ってくれと言いそうになるシュウイの発言を封殺するように。
「届けてもらった薬草が思いの外多かったからね。おトミさんに頼まれていた分を作っても余りがあったんだ。それで、余った分で作ったこれを、トンの町のバランドという薬師に届けてもらいたい」
(あのご婦人、おトミさんっていうのかぁ……って、そうじゃなくて……!)
「バランドって……『バランド薬剤店』ですか?」
「おや? 知っているなら都合が好い。そう、そこのバランドさんだよ。報酬として、この魔力回復薬のレシピをあげよう」
実はこれは、スーファンとトンを結ぶ街道の開放クエストであった。シュウイはすっかり失念しているが、この時点でスーファンの宿場町とトンの町の交通は、少なくともプレイヤーに対しては開放されていない。このクエストの成否如何で街道が開放されるかどうか決まるのだが……今のシュウイにとっては、単に願ってもない好条件のクエストでしかなかった。
「お引き受けします」
と、口で言うより早く、シュウイの指はウィンドウのYの文字をタップしていた。
……そして、タップした後で気が付いた。
「あ……ひょっとして、届けた後でここに戻って報告しなきゃいけないんですか?」
だとしたら万事休すである。
「いや、その必要は無いよ。手紙を渡しておくから、これをバランドさんに届けてくれたら、向こうで然るべく手配してくれる筈だ」
どうやら今回は、運命はシュウイに味方してくれたようであった。