第五十五章 【迷子】騒動 1.トンの町?
序盤からずっと休眠していたあのスキルが、ついに目覚めます。
もうすぐ第二陣の参入によって、トンの町の人口密度が一気に上がる。
そう警告されたシュウイは、その前にトンの町を廻ってみようかと思い立った。考えてみればトンの町では、時折「バランド薬剤店」と「ナントの道具屋」、そして市場に立ち寄る以外は、ほとんど冒険者ギルドと宿屋を往復しているだけのような気がする。折角この世界にやって来ておきながら、それはあまりにも淋しい話だ。何しろ、武器すら「ナントの道具屋」で購入したため、武器や防具の店にすら行った事が無いのだ――最近になってやっとテムジンの工房にお邪魔したぐらいである。
そう考えたシュウイは、今日はひとつトンの町をぶらついてみようと決めた。テムジンにメールで確認してみると、先日確保した稀少金属と触媒だけで当座の実験と試作には充分との事であった。だとしたら、今日は特に予定は無い。当ても無くぶらぶらと散策するにはもってこいの日和でもある。
……この時シュウイの念頭からは、SRO開始早々に取得してそのまま放って置いたスキルの事など、綺麗さっぱり消え失せていた。
そう、【迷子】という、癖のあるスキルの事など、すっぱりと。
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「……ここって、町のどの辺りなんだろう……」
拾われてから一ヵ月近くも放って置かれた鬱憤晴らし……という訳でもあるまいが、スキルホルダーであるシュウイ本人すら気付かないうちに鮮やかに発動した【迷子】スキルによって、シュウイはものの見事に現在位置を見失っていた。何しろ、一ヵ月近く拠点としているくせに、シュウイはトンの町を見て廻った事がほとんど無い。知らない場所に飛ばされていても、それと気付かなかったのである。
――そう。知らない場所に飛ばされる……それこそがこのスキルの本領である。SRO世界内でのランダムワープ――移動距離はスキルレベルに依存――という、途方も無く癖のある移動スキル、それが【迷子】の正体であった。
「……トンの町にもこんな所があったんだな。やっぱり、ちゃんと見て廻らないと、色々と気付かないもんだよね」
……シュウイ本人は飛ばされた事に、これっぽっちも気付いていなかったが。
尤も、これに関してはシュウイだけを責める事はできない。何しろタイミングが悪かった。ほとんどのプレイヤーはトンの町を出て行ってしまい、新規参入組はまだ来ていない。要するに、シュウイ以外のプレイヤーは数える程しかいないのが、現在のトンの町の状況である。
なので、まだプレイヤーが到達していない場所に飛ばされたとしても、シュウイがそれに気付くのは難しい条件が揃っていた。
まだ未開放のペイの町、そことトンの町を結ぶ宿場町スーファン。現在シュウイがいるのはそこなのだが……
「ふぅん……町外れに来ると、まるで宿場町みたいな雰囲気になるんだね」
正真正銘、宿場町である。
それもプレイヤー未到達の。
「あ……何か売ってるみたいだ……」
ただしプレイヤーは未到達でも、宿場町を訪れる旅人はいる。そして、そういう旅人相手に食糧などを露店で商う住人も当然いる。シュウイが目を留めたのは、そういった露店が並ぶ一画であった。
手っ取り早く結論だけ述べると、シュウイは露店売りの果物などを中心に、幾つかの品物を購入していた。懐にいるシルが催促したものもあれば、「素材鑑定」によって素材と判明したものもある。良いものを買えたとホクホク顔のシュウイであった。
「いや~……同じ町でも区画が違うと、品揃えも全然違うんだね」
同じ町ではない。
「あれ? 乗合馬車の乗り場かぁ……へぇ? ペイの町行き? 大型アップデートだって言ってたけど、新規に開放された町なのかな?」
違う。
『ま、もう少しぶらついてみようか。シルもそれで良いよね?』
懐中のシルから同意の意思を受け取ると、相変わらず事態を把握していないシュウイは、町の散策を再開した。
【迷子】という爆弾を抱えている事に気付かないまま。