表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
190/876

第五十四章 ハイキング 2.金床山(日曜日)

いつもの倍くらい長いですが、適当な区切りが見当たらなかったので。

 金床(かなとこ)山は、(しゅう)(いち)たちの住む町の近郊にある六百メートルほどの山である。

 山頂にある大きな岩が巨石信仰だか山岳宗教だかに関わっているとかで、昔から登山客は多い。麓にある神社の奥宮(おくみや)的な位置付けだが、元々は巨石を麓から遙拝(ようはい)する場所として神社が(こん)(りゅう)されたらしい。とは言え、長年の間にあちこちから様々な有力神を(かん)(じょう)してきたらしく、現在の主神は菅原道真、すなわち天神様である。近隣の学生たちが(がく)(ぎょう)(じょう)(じゅ)のお参りをするのは大抵この神社であり、それなりに参拝客は多い。

 話を戻して金床(かなとこ)山であるが、麓の神社とは別に山頂の巨石に(もう)でる参拝客も多く、神社裏手から登る正面登山道は休日には多くの登山客で(にぎ)わい、自分たちのペースでのんびり登るというのは中々に厳しい状況である。

 (もっと)も、古来から山岳宗教や民間信仰で栄えただけあって、金床(かなとこ)山を登る道は一つや二つではない。その中でも正面登山道は、距離的には短いが最も傾斜のきつい道である。

 金床(かなとこ)山が登山客に人気がある理由としてはもう一つ、近隣の山には珍しく植林地がほとんど無い自然林――原生林ではなく、里山から遷移した二次林が主体だが――というのもある。自然度云々ではなく、単にスギもヒノキもほとんど生えていないため、花粉症であっても安心して登れるというのが理由であった。



「……まぁ、正面登山道を登る選択肢は無いよな」

「後ろから追い立てられるような感じだものねぇ……」

「ん。のんびり登りたいから、正面はパス」

「とすると……集会所に自転車置いて、桐畑(きりはた)から登るコースか?」

「多分、それが一番だよね」

「決まりね」

「あ、(たくみ)は僕の弁当も頼むな。期待してるから」

「おぅ……そう言えば、(おご)るって話だったっけな……」



 という話になって、(しゅう)(いち)たちは日曜日に金床(かなとこ)山の北西麓、桐畑(きりはた)からの登山コースを進んでいた。



「……なぁ、(たくみ)

「お? どうした、(しゅう)?」

「いや、(たくみ)たちはβテスターだろ? こういう山の斜面での戦いには慣れてるのか?」



 (しゅう)(いち)の素朴な質問に、しかし(たくみ)は難しい顔をして答える。



「イエスであり、ノーだな。βテストでもナンの町の近郊でも、山間部でモンスターと戦いになった事はあるんだが……」

「戦闘そのものは比較的平坦な場所で起こる事が多かったのよ」

「うん。少なくとも、斜面の上と下に分かれての戦闘は無かった」

「へぇ……意図的にそうしたのかな?」

「……あの運営の事だからなぁ……」

「警戒はしておくべきよね」



 (たくみ)たちの答えを聞いて、(しゅう)(いち)は少し考え込む。現実(リアル)での山歩きの経験値を高めておく程度に考えていたが、これは斜面での戦闘について説明しておいた方が良いかもしれない。幸い、(しゅう)(いち)が祖父から伝えられた歌枕(かつらぎ)流は、元は山伏の護身術だ。こういう場所での闘い方もそれなりに伝えられている。



「……だったら、傾斜地での戦いについて少し説明しておこうか?」

「お、やってもらえるんなら、頼むわ」

「そうね、お願いできる? (しゅう)君」

「お願い!」



 と、いう遣り取りがあって、現在(しゅう)(いち)は斜面の下、(たくみ)たち三人は斜面の上、と別れて構えている。



「……なぁるほど。単純に上をとった方が有利だと思ってたんだが……」

「そう簡単にはいかないだろ? 確かに、上の方が位置エネルギーは高くなるし、攻撃には有利だと思うけど」

「あぁ……下からの攻撃が思った以上に防ぎにくいな」



 斜面の下に陣取った(しゅう)(いち)からの攻撃は、位置関係からどうしても(たくみ)たちの足下(あしもと)に集中する。守る立場になってみると、防ぐのが意外と面倒である。



「こういう具合に、下から投擲(とうてき)武器で攻撃されると……」

「……避ける一方だな……ここまで接近されたら、打ち下ろしの優位はあまり無いか?」

「一概には言えないけどね。それに、魔法攻撃って重力が関係するの?」

「……多分、ほとんど関係しないわね」

「あ、じゃあ、魔法職だと斜面の上下は関係無いのか?」

「魔法戦だと、どうしても遠距離からの攻撃が主体になるから……そうね、あまり上下での有利不利は関係無いみたいね」

「? あたし、近接位置で魔法を撃つけど?」

(あかね)ちゃんみたいなのは例外なのよ?」

「そうなの?」

「まぁ……『軽業(かるわざ)()』の(あかね)ならともかく、普通は近接魔術戦なんかしないからな」

「それじゃ、今度は位置どりを替えてみようか」



 (しゅう)(いち)の指示で、今度は斜面の下に陣取った三人組であったが……



「……案外、防御のイメージは掴めるもんだな」

「けど、狙えるのが足ぐらいしか無いよ?」

「モンスターや獣相手だと、上から飛び掛かってくる攻撃があるけど、意外と視界は開けてるだろ?」

「あぁ……上半身への攻撃なら、盾も使えるしな……正直、下からの攻撃より守り易いかもな」

「……予習しておいて良かったわね。いきなりこういう場所で戦闘が始まってたら、きっと戸惑っていたと思うわ」

「あぁ。その点では(あかね)に感謝だな」

「えっへん!」



 斜面の上下での間合いを体験した後、四人は再びのんびりと登山道を歩いていた。



「実地に構えてみて解ったと思うけど、こういう場所での戦いは、近距離でも飛び道具が無視できないからな」

「……だな。下から弓だの手裏剣だので下半身を狙われたら厄介だわ」

「もう一つ。山では樹上からの攻撃も注意しろよ?」



 実際にトンの町防衛戦において、樹上からの狙撃でオークを狩った(しゅう)(いち)台詞(せりふ)には重みがあった。



「おぅ……この場合も飛び道具か」

「距離があるから、当然そうなるよね」

「今以上に警戒が重要になる、その可能性は高いわね」

「カナちゃん、よろしく~」

(あかね)ちゃん、他人任せにするのは駄目だよ。自分でもちゃんと警戒しないと」

「む~……それは解るんだけどー……」

「俺たちも斥候職任せのところはあるな。けど、それじゃ駄目なのか? (かなめ)

「召喚術や従魔術が後付け可能になったじゃない?」

「召喚獣や従魔が増えた分、警戒すべきレベルも上がると考えた方が良いよね」

「マジかよ……」



 (かなめ)(しゅう)(いち)の指摘に渋い顔になる(たくみ)。しかし、警戒要員が増えたという理由で、敵性モンスターやNPCの隠蔽レベルが上がる。それくらいの事は、あの運営なら確かにやりかねない。



「ま、警戒スキルのレベルアップを頑張るんだな」

「簡単に言ってくれるな……」

「重ね掛けすればレベルは上がるんだし、難しくはないだろ?」



 警戒系のスキル、例えば【魔力察知】と【気配察知】を重ね掛けして使用すれば、単独で使用するよりずっと速いペースでスキルがレベルアップする。(しゅう)(いち)の指摘を受けて「ワイルドフラワー」や「マックス」のメンバーが実験した結果、それはほぼ事実である事が判明している。(もっと)も、その事は()わば秘技として秘匿しているのであるが。



(しゅう)と違って俺たちには、スキル枠の上限ってもんがあるんだよ」

「あれ? スキル枠は拡張できるんじゃないの?」

「できるけど、それには結構なポイントを使うからな」

「転職とかの機会にはポイント無しで増えるんだけどね」

「へぇ……そうなんだ」



 (しゅう)(いち)自身は「スキルコレクター」の効果で、スキル枠の上限が撤廃されている。そのため、スキル枠に上限があるという事を、つい忘れがちであった。



「けどさ、(たくみ)、運営が敵性存在の隠蔽レベルを上げるつもりなら、スキル枠の増加ぐらいの処置はするんじゃないか?」



 何の補償も無しに隠蔽レベルだけ上げるなら、使役獣を持たないプレイヤーが不利になり過ぎる。何らかの手は打つのではないか。そう言われた三人は考え込む。



「……そう言えば、この間のアップデートで、スキル枠が増えてたわね……」

「ねぇねぇカナちゃん、スキル枠だけじゃなくて控え枠も増えてたよね?」

「……知らん顔して、補償だけ先払いかよ……」

「へぇ、アプデでスキル枠、増えてたんだ」

「「「……(しゅう)」君」」



 通常のプレイができない上に現状トンの町に引き籠もっているため、(しゅう)(いち)は運営からのお知らせにもあまり眼を通さなくなっていた。



「まぁ、とりあえず余裕がある人だけ警戒スキルを取っておいて、普段は控えに廻しておけば? それと、スキル枠を不用意に埋めないようにするとかさ」

「……(しゅう)の案を採用した方が良さそうだな」

「あ、ほら、もうすぐ頂上だよ。適当な場所でスケッチしないと」

「あ~……面倒臭いよな……」

「……だったら、鉛筆で下描きだけしておいて、着彩は家でやったら? スマホで風景を撮影しておけばできるでしょう?」

「ナイスアイデアだよ! カナちゃん!」

「おっ! 良いな、それ!」

「その分、自宅でSRO(スロウ)をやる時間が削られるけどね?」

「「あ~……」」

「世の中甘くないって事だよね」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ