第五十四章 ハイキング 1.フルーツパーラー「ラモン」(金曜日)
話は金曜日に遡る。
「ねぇねぇ、みんなは美術の課題、どうするの?」
放課後、要の案内でフルーツパーラー「ラモン」に立ち寄っていた蒐一と匠は、茜の問いかけに顔を見合わせた。
「どう……って?」
「何か適当に描いて出すつもりだぞ?」
茜の言っているのは、美術の課題として出された着彩スケッチの事だろう。ゴールデンウィークで出かける機会も多いだろうと、にたりと意地の悪い笑みを浮かべていた美術教師の顔が浮かんでくる。
「大体、ゴールデンウィークだからどっかに出かけるだろうって発想が古臭いんだよ」
「選りに選って混雑の凄い時期に、態々疲れに出かけるのもねぇ……」
「SROもできなくなるし?」
「ま、な」
「ねぇねぇ、みんなはゴールデンウィーク、どうするの? 蒐君はお祖父さんのところへ行くって言ってたけど?」
「うちはどこにも行かないな。と言うか、田舎から伯父さんたちが遊びに来るんで、どこにも行けないっていうのが本当だな。従弟も来るから、その間はSROはお休みだ」
「うちは特に無いわね。近場でピクニックくらい行くかも知れないけど」
「茜ちゃんは?」
「後半に沖縄。楽しみだけど……SROができないのが……」
「携帯型のマシンがあれば良いのにね」
茜の嘆きを聞いた蒐一が何の気無しに漏らした一言に、これも何気無く匠が応じる。
「あるぞ?」
「あるの!?」
「あ? 蒐は知らなかったのか? 公式ホームページに広告が載ってるぞ」
「ゴールデンウィークに向けて発売されたみたいね」
聞けば携帯型とはいってもスーツケース程度の大きさで、そこそこ重たい上に高価なものらしい。何より匠が不満なのは……
「あ、やっぱり機能に制限があるんだ」
「あぁ。他のプレイヤーと一緒には行動できないけど、単独での狩りや納品なんかはできる。実質レベル上げ用だな」
「じゃぁ結局、茜ちゃんの不満は解消できないと」
「うぅ~」
「で、話が戻るんだが、茜、美術の課題って?」
「あ、そうそう。みんなで金床山に行かない?」
「「「は?」」」
唐突な提案に首を傾げる三人であったが……
「……なるほど。ピクニックがてら、山歩きの訓練か……」
「確かに、SRO内で山道を歩く事になる可能性は否定できないわね」
「あの運営の事だから、ゲーム内でも現実と同じように疲れるんじゃないか? そういう状態異常を設定されるとか」
「ありそうな話ね。適切な身体の動きからの偏差を基に算出して、バッドステータスを与えるぐらいの事はやりかねないわ……」
「適切な山歩きのスキルが必要って事だよね。スキルとして入手できるのかな? ……僕以外の人は、だけど……」
「あら? 蒐君はお祖父さんと山に入ってるから、この中では一番得意なんじゃないの?」
「だな。蒐はパーソナルスキルで充分対応できるだろ。問題なのは、どっちかというと俺たちの方だ」
「実際に山道を歩いて慣れておこうって言うの? 茜ちゃん」
「うん。そのついでにスケッチを描けば良いし」
「それで金床山か」
「ただ、スケッチよりピクニックが主体になりそうだよね」
「あ? スケッチなんざ適当でも判りゃしないだろ? 絵葉書でも写して……」
しかし、お気楽そうな匠を横目に見ながら、蒐一が不吉な口調で断定する。
「甘いな、匠。それくらい、ここの先生方が予測してないと思うのか?」
「蒐君の言うとおりね。主な観光地の絵葉書やフリー素材はデータベース化してあるって話よ? 絵葉書を写して済ませる生徒が毎年いるけど、みんなバレて減点だそうよ」
「マジかよ……」
「絵葉書の撮影後に立ち入り禁止になった場所があったり、新しく建ったビルに邪魔されて見えなくなったり、建物が改修されて形が変わったり、咲いている花が時季外れだったり、突っ込みどころには不足しないらしいわ」
「下手でも何でも、真面目にスケッチするしかないな、匠」