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第五十三章 SRO特殊鋼事始め 5.運営管理室

「特殊鋼は思ったより早くできそうですね」

「まだまだ。ここから先が長いだろう」

「いや、あのテムジンというのはβテスターだからな。想定より早くできあがる可能性は高いと見るべきだ」



 運営管理室では、シュウイとテムジンが稀少金属(レアメタル)と触媒植物を採集していく様子を見て、銘々が今後の予想を立てていた。



「それにしても、あの少年が絡むとシナリオが予想外の進行を見せるな……」

「いや、今回のこれは『トリックスター』がどうこうと言うより、あのテムジンというβテスターがキーパーソンだろう」

「確かに、今回寄与したのは『スキルコレクター』ではなく『錬金術』の方だったからな」

「その『錬金術』って、僕たちが彼に押し付けたものですよね……」



 ぼそりと(つぶや)いた中嶌(なかじま)台詞(せりふ)は、誰にも聞こえなかった――もしくはそのふりをした――ようだった。



「大体だ、何であのテムジンというプレイヤーは、トンの町なんかに(くすぶ)ってるんだ? βプレイヤーなんだろう?」

「まったくだ。特殊鋼のイベントはもっと後の予定だったのが、彼のせいで早まったようなもんだ」



 運営管理室の面々は口々にテムジンについての不平を並べ立てるが、これはどう見ても言い掛かりである。プレイヤーがどの町を拠点に選ぼうと、それはプレイヤーの好みであって、運営側にそれをどうこう言う資格は無い。


 とは言え、βプレイヤーであるテムジンが、初心者のチュートリアルフィールド扱いであるトンの町に居座っている理由は何なのか。運営管理室スタッフの疑問も故無き事ではなかった。


 結論を言えば、それはまさにテムジンのβテスターとしての経験に基づいたものだったのである。


 βテストに参加したテムジンではあったが、彼はβテストの()かされるようなストーリー展開に馴染めなかった。リアルでは自衛隊というやや殺伐とした職場に身を置いているため、ゲームの中ではまったりとしたスローライフを希望していた。しかしβテストでは、彼が選んだエルフというキャラクターに相応(ふさわ)しいと思っていた弓が使えない武器――それが誤解と解ったのはつい最近――だと聞かされて、次善の選択として日本刀を希望した――この時点でかなり異様なキャラクターになりつつあった――ものの、今度はゲーム内に日本刀が存在しないらしいという陥穽(かんせい)に引っ掛かる。ならば自力で造るのみ――と鍛冶師を選択した辺りから、どんどん攻略の本流から離れていく事になった。


 それはそれで楽しくはあったのだが、なまじ腕の良い鍛冶師となったばかりに、武器が欲しい攻略組に引きずり回される事になり、希望していたスローライフとは徹底的に無縁の生活を送る羽目になったのであった。


 製品版のSRO(スロウ)内では断固としてスローライフを送ると決意した彼は、あえて初心者の町であるトンの町に居座る事を決め、早々に工房を開いて定住を果たした……というのが、運営側には解らないであろう経緯(いきさつ)であった。


 一方、運営は運営で、特殊鋼に必要な稀少金属(レアメタル)は鉱石の母岩中に不純物として含まれているという設定を作り上げ、不純物の多いトンの町の鉱石に多くの稀少金属(レアメタル)が含まれているという意地の悪い仕様にした……つもりであった。


 彼らの思惑(おもわく)をひっくり返したのが、当のトンの町に定住した腕利きの鍛冶師ことテムジンの存在であった。

 だが、単にそれだけなら、まだ特殊鋼の発見には至らなかったであろう。

 想定外の最後の輪は、「スキルコレクター」という扱いの難しいユニークスキルを得た事でトンの町に長居する事になったシュウイというプレイヤーに、事もあろうに「錬金術」のスキルを与えてしまった事だ。あの時、運営管理室のスタッフは、誰一人として特殊鋼の事を思い出す事が無かったのである。


 ――こういうのを世間では「自業自得」と呼ぶ。



「まぁ、現時点では特殊鋼の材料が集まっただけだ。微量元素を抽出し、適切な配合を調べて特殊鋼を造るには、まだ時間がかかるだろう」

「ですが、特殊鋼とは言ってもピンからキリまであります。簡単なものなら造れるんじゃないですか?」



 運命が中嶌(なかじま)に予言者の役割を与えるのは、もう少し先の事である。

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