第五十三章 SRO特殊鋼事始め 1.西の採掘場(その1)
ログインしてSRO内での朝食を摂ると、シュウイはテムジンとの待ち合わせの場所、西門に向かった。考えてみれば、シュウイが西門を訪れるのは今回が初めてである。
「いや……普通は最も初心者向けの西門を訪れるもんじゃないか?」
「いやぁ……最初は地味に採集から始めようとしたんですけど、冒険者ギルドで聞いたら、異邦人が殺到する西側の薬草は採り尽くされてるって言われて……」
「あぁ……このゲーム、そういうところは妙にリアルだからな」
「モンスターはポンポン湧いてくるのに、薬草が採り尽くされるってところに、運営の悪意を感じませんか?」
「悪意とまで言って良いかどうか……いや、やっぱり悪意に近いかもしれないな……」
弓の一件では、テムジンも運営には些か含むところがあるらしい。
「まぁ、幸か不幸か、低品質の鉱石は採り尽くされる事は無かったようでね。今から行く西側の採掘場も、時折プレイヤーたちが鉱石を掘りにやって来る。品質は悪いが危険なモンスターも出ないから、初心者には打って付けの場所なんだ」
「以前にジェクさんは、使える鉱石が採れなくなったって言ってましたけど?」
「あぁ、所謂〝質の良い〟鉱石は、ここに限らず採れなくなっている……まぁ、新規参入者向けに新たに鉱脈が発見されるんだろうが」
「けど、僕たちは〝質の良い〟鉱石に用はありませんしね?」
「そういう事だ」
シュウイとテムジンの目的は、鉱石に含まれる鉄ではなく、不純物の方である。正確に言えば、不純物とされる中に有用な微量元素が含まれていないかどうかを調べる事が目的なのだが……
「今まで確認した人はいなかったんですよね?」
「あぁ。今にして思えば腹の立つ事に、鍛冶スキルの【選鉱】を使うと、対象にした鉱物以外の残滓は消える仕様でね」
「……あぁ、証拠湮滅ですか……」
呆れたようなシュウイの台詞に、テムジンは不本意な様子で頷く。
「今まで単純に便利と思っていたんだが、考えてみればこれは運営の罠だな」
「微量元素の抽出をさせない仕様みたいですからねぇ」
「不遇スキルと思われていた【錬金術】が無いと、確認もできないようになっているあたりに、運営の悪辣さが覗くな」
「ひょっとして、意図的に【錬金術】を不遇だと思わせたんでしょうか?」
「いや……そこまではやらないと思うが……」
テムジンの言うとおり、運営側もそこまではやっていない。不遇スキルという評価を訂正しなかっただけである。
「あぁ、見えてきた。あれが西の採掘地だ」
テムジンが指差した先に見えているのは、何の変哲もない岩場であり、崩落跡地のような崖であった。
「え? こんな所なんですか?」
「近いだろう? お蔭で碌な戦闘スキルを持たない初心者にも辿り着く事ができる」
「ははぁ……」
町のすぐ傍に亜砒酸の出そうな場所がある事に驚いたシュウイであったが、考えてみれば硫砒鉄鉱が産出する事と、それを焼いて亜砒酸を放出する事は別だ。鉱山として本格的に稼働していない以上、問題は無いのかもしれない。
「迂闊に鉱石を焼くと、亜砒酸による状態異常を真っ先に受けるのは鍛冶プレイヤーだからね」
「あぁ……そういう仕掛けになってるんですか」
半分だけ納得したシュウイは辺りを見回す。納得が半分だけなのは、周りに植物が乏しいせいである。
「テムジンさん、ひょっとしてここに草木が生えていないのは……」
「あぁ。β時代に検証班が調べた。砒素による鉱毒のせいらしい。ただ、地下水への汚染は無いという設定らしかったな」
「だったら……この辺りに生えている植物も、何か特殊なものかもしれませんね」
「……言われてみればそうだな。素材として使えるかもしれないか」
「というか、微量元素の抽出に使われたりしませんかね? ここの運営ならそれくらい考えるような……」
β時代に検証班が一応チェックはしていたが、その時は普通の【鑑定】で調べただけだった。【錬金術】の【素材鑑定】では調べていなかった事に思い至ったテムジンは、ここの運営ならやりかねないと判断した。
「……大いにありそうだ。シュウイ君、済まないが、採掘の前に【錬金術】のスキルで調べてみてくれないか?」
テムジンに言われて、シュウイは疎らに生えている草や灌木に【素材鑑定W】を使ってみる。
《クロマ草:鋼にクロムを添加する際に触媒として使われる》
《モリブ草:鋼にモリブデンを添加する際に触媒として使われる》
《ニッケ木:鋼にニッケルを添加する際に触媒として使われる》
「……やってくれるな、運営……」
「つくづく嫌らしい性格ですねぇ……」