第六章 ナンの町へ 3.乗合馬車
馬車で次の宿場町まで移動する、その車内での様子です。
中世の馬車は実際にはスプリングが無かったせいで乗り心地が悪かったらしいが、SROの馬車はそんな事はなく、僕たちは快適な馬車の旅を楽しむ事ができた。乗客は僕たち六人に加えて三人。商人だという住民の父娘連れと、生産職のプレイヤーだ。プレイヤーの人はジェクさんという人族の男性で、ナンの町に素材を買いに行くらしい。
「上質の鉄鉱石が出たって聞いたもんでね」
「ジェク殿は鍛冶師なのか?」
「まだ駆け出し……というか見習いだな。だからこうして、ドワーフの親方に使いっ走りをさせられてる訳だ」
「生産関係のスレが結構加速していたみたいだけど……」
「あぁ。上手く鉄鉱石が手に入れば、やっと剣が打てる。トンの町で手に入る鉄は質が悪くてね」
「あれ? でも、鋼鉄の精錬に重要なのは炭素じゃなかったですか?」
僕がそう訊ねると、ジェクさんはこっちを見て答えてくれた。
「へぇ、詳しいんだね。勿論重要なのは炭素だけど、鉄に不純物が含まれていると、上手く精錬できないんだよ。具体的に言うと砒素だね」
「あ~……亜砒酸ですか?」
「よく知ってるね。そう。トンの町の近くで採れる鉄は硫砒鉄鉱が多くてね、製鉄用には向かないのさ」
「……あれ? だったら今までどうやって製鉄を?」
「少しは使える鉄も採れてたんだよ。それがいよいよ採れなくなってね……」
「あ~、それでナンの鉄鉱石は渡りに船だった訳ですか」
「そういう事さ」
ジェクというプレイヤーとシュウイが話し込んでるのを余所目に見ながら、「黙示録」の面々がひそひそと話し込む。
(「なぁ、鉄と炭素がどう関係してくるんだ?」)
(「確か……炭素の含有量で鋼鉄の硬度か何かが変わった筈だ」)
(「じゃあ、砒素はどう関係してくるんだ?」)
(「知らん。亜砒酸がどうとか言ってたぞ」)
(「そう言えば、亜砒焼きって聞いた事があるわね……」)
(「それって、何か鉱毒事件に関係してなかったか?」)
ひそひそと閉鎖的に話し込む「黙示録」のメンバーを尻目に、シュウイとジェク氏は、今度は商人の父娘を交えて談笑していた。
「それじゃ、鉄鉱石はナンまで行かなくても手に入るんですか?」
「ええ。必ずしも量は多くありませんが、イーファンでもそれなりに手に入ると思いますよ」
「イーファンにも鍛冶屋さんがいるんですか?」
「いえいえ、イーファンを経由して、王都であるチュンの都へ運ばれるんですよ。以前はナンから直接チュンに行く道が通じていたんですが、今は山崩れとモンスターのせいで不通になっていましてねぇ……」
さらっとフラグっぽい話が出たが、「黙示録」の面々は何か話し込んでいて気がつかない様子。後で自分が伝えればいいかと、シュウイは放っておく事にする。
「あれ? それじゃあイーファンの町って、結構栄えてるんじゃ?」
「以前に比べれば大分活気づいてきましたね。でも、ナンの町にはまだまだ及びませんけどね」
「へえぇ~」
乗合馬車の旅は続く。
この話も短めなので、金曜日にもう一話更新します。基本的には週一話更新です。