第五十章 トンの町 7.バランド薬剤店
今後の事に関してナントと打ち合わせを済ませて店を出たシュウイは、その足でバランド薬剤店へと向かった。無論、今後の事について師匠であるバランドと相談するためであるが、シュウイにはもう一つしておきたい事があったのだ。
「師匠、どうして通行手形の使い方を教えてくれなかったんですか?」
東の泉での水汲みクエストの時、通行手形だけ渡して、その使い方を教えなかったバランドへの苦情である。
「いや、すまんすまん。まさかお主があそこのモンスターどもを出し抜けるなどとは思わなんだのでな」
「お蔭で酷い目に遭いましたよ。泉の精霊は精霊で、こっちの言う事を聞こうとしないし……」
お蔭で大変な目に遭ったと苦情を申し立てるシュウイ。抑、バランドが通行手形の使い方さえ教えてくれていれば避けられた事態である。いや、それ以前にバランドが勝手に水汲みの場所を変更したりしなければ、こんなイベントが起きなかった可能性すらある。
「それについては謝るが……まさか、お主の隠密の技倆がそこまで高いとは思わなんだでな」
じゃが、お蔭で良い水が手に入ったわいと言いながら、今度はバランドの反撃が始まる。
「お蔭で儂としては良い仕事ができたのじゃが……お主の方はどうなのじゃ?」
このところ【調剤】の修行をサボっておったろうがと言いたげなバランドの突っ込みを、しかしシュウイは軽やかに捌いてみせる。
「あ、それについて師匠にご相談したい事が」
「ふむ?」
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「ふぅむ……お主もいよいよ巣立ちかの」
シュウイから近日中にナンの町に移る予定だと聞かされたバランドは、感慨深そうにそう漏らした。
「それで、ナンの町に移った後も師匠にご指導をお願いしたいので、その事についてご相談を」
「む?」
「僕の場合は事情が事情ですし……」
あけすけには言わないが、共犯者はできるだけ少なくしたいというのがシュウイの本音である。そして、それはバランドにも伝わったらしい。
「ふむ……邪道スキルの事など、迂闊な相手には漏らせぬか……」
「はい……」
それでなくとも公表しにくい話を色々と抱えているのだ。これ以上ややこしい立場に置かれるのは願い下げである。
「ふむ……。お主がどこへ行こうと、一度結んだ師弟としての縁が切れる訳ではない」
「師匠……」
「じゃが、それはそれとして、まだ未熟なお主には、身近に相談すべき相手が必要じゃろう。ナンの町へ行ったなら、儂の弟を頼るが良い。弟には儂の方から話を通しておこう」
……はい?
「師匠の……弟さん……ですか?」
「うむ。ブランドという名でな、ナンの町で儂と同じく薬師をやっておる」
うわぁ……。
「……『ブランド薬剤店』……ですか?」
「うむ。町の者に聞けば、店の所在は知れる筈じゃ」
予想外の展開に、どう反応して良いのか戸惑いを隠せないシュウイ。修行の続行の目処がついた事は喜ぶべきだが、まさかこんな妙な展開が待っているとは思わなかった。いままで弟の話が出た事は無いから、今回の事がトリガーとなって解放されたキャラクターなのかもしれない。
「あの……それは大変ありがたいんですけど……時々はこちらにお邪魔しても良いですか?」
「無論じゃ。弟子が師匠の許を尋ねるのに、何の遠慮がある。いつでも尋ねて来るが良い」
「ありがとうございます」
涙の別離とはならなかったが、全体としては望ましい展開になった事を内心で喜びながら、シュウイはバランドにも幾つか言っておくべき事があるのを思い出した。
「あぁ。そのテムジンとかいう鍛冶師の事は耳にした事がある。お主と同じ異邦人でもあるし、お主が大丈夫と見込んだのなら、【錬金術 (邪道)】の事を明かしても問題はあるまい」
テムジンに事情の一端を明かした事を報告したシュウイに、バランドは構わないと告げる。
「じゃが、お主が【錬金術 (邪道)】に加えて【調薬 (邪道)】まで持っておる事を話すかどうかは、よう考えてからにせいよ? こちらの住人でも【錬金術】と【調薬】を二つながら習得しておる者は少ないのじゃ。どちらを明かし、どちらを隠すか、予め決めておいた方が良かろうて」
バランドの助言をありがたく受け容れるシュウイ。ちなみに、転移門の事については知らぬという答えが返ってきた。