第五十章 トンの町 6.ナントの道具屋(その2)
明けましておめでとうございます。
本年も「スキルリッチ・ワールド・オンライン」をよろしくお願いします。
「うん。僕がもう一つ気になったのは、運営はこの情報をどうしてほしいんだろうって事だね」
「どうして……?」
「そう。この情報を秘匿してほしいのか、公表してほしいのか。時期が時期だけに、そこが気になってね」
ナントの言う「時期」とは、五日後に迫ったSRO第二陣の新規参入の事を指す。謝罪称号に関する情報を不用意に流した場合、先行陣に追いつこうと血眼になっている新参たちがこれを見逃すとは考えにくく、東の泉に殺到する事が想定された。
「……あの場所をモンスターに気取られずに突破するのは、僕みたいに複数の隠密スキルを持っていないと難しいと思いますよ?」
「うん。その結果死に戻りが多発する訳だ。八つ当たりの矛先が突破者であるシュウイ君に向かう事は脇に置いても……」
「いや、脇に置かないで下さいよ」
「……まぁ、話の都合だからそこには目を瞑ってもらって、運営に対する不満が噴出するだろうね。掲示板に情報を書き込んだのがシュウイ君以外の誰かであった場合、そっちにも非難が集中すると思うよ」
「……それは……嫌な話ですね……」
「僕らとしてはね。ただ、運営側としてはどう考えているのか……」
「あ、さっき話に出た、住人たちとの交流の件ですか?」
「うん。既にある程度シナリオを進めてしまった第一陣と違って、全てがこれからの第二陣の方が、住人たちとの交流という点では却って有利かも知れないからね」
「……第一陣との格差に関する不満を減らす目的で、運営が仕込んだ……って事ですか?」
「考え過ぎかもしれないけどね」
思いがけない指摘を受けて、シュウイは腕組みして考え込む。ただの珍称号だと思っていたが、予想外に深い根っこがありそうな気配だ。しかも、ナントの仮説の厄介なところは……
「仮に運営がそこまで狙っていないにしても、新規組の反応は変わらないって事ですよね?」
「そこが面倒なところなんだよねぇ……」
運営の意図がどこにあるのかはともかく、不用意に流せる情報ではないらしい。一応ナントに相談してからと思い、匠たちにも口止めしておいたのは運が好かったと言えるだろう。
「ナントさん。この件、僕の友人とも相談したいんですけど、良いですか?」
「勿論構わないとも。元はと言えばシュウイ君が発掘してきたネタだからね。……そうだな、僕もケインたちに話しておきたいんだけど、その許可は貰えるかな?」
「勿論です……あ」
「うん?」
謝罪称号の件を相談云々という事から連想して、もう一つ話しておいた方が良さそうなネタの事を思い出すシュウイ。
「ナントさん。『転移門』ってご存じですか?」
その単語をシュウイが口にした途端、ナントの目がすっと細められ、次いで深々と溜息を吐いた。
「相変わらずシュウイ君は大ネタを掘り起こしてくるね……」
「あ、やっぱりそうなんですか? 匠……タクマたちにその事を話したら、物凄い勢いで訊問されたんですけど」
「そりゃ、無理もないだろうね。βテストでその存在が囁かれながら、誰一人としてそれを明らかにできなかった幻の転移門の情報とあればね」
「え~と……でも、僕が知っているのも大した事じゃないんですよ?」
匠たちに話したのと同じ内容をナントにも説明したが、ナントもやはりこの情報は重要であると説く。
「第一に、運営に準じる立場の住人が転移門の存在を口にしたというのが大きい。場所などの詳細は明かしてもらえなかったにしても、その存在は確言されたのと同じだからね。βテストではそれすら確かめられなかったんだよ」
「タクマたちもそれは言ってました」
「第二に、シュウイ君にこの話をしたのが、トンの町の住人であったというのが問題だ。冒険者ギルドのギルドマスターという要職にあるとはいえ、僕ら異邦人が最初に訪れる町にそんな重要な手がかりがあるという事は……」
「……注意して探せば、他の場所でも何か手がかりが得られる……運営はそう言いたいんでしょうか?」
「可能性はあるね」
「……これって、さっきから話に出ている住人たちとの交流の件とも……」
「無関係ではないだろうね。ついでに言えば、この件をいつ公表するのかという問題も、他と同じに重大だよ?」
「うわぁ……」
シュウイは頭を抱えたくなったが、どうせこれらの一件はカナたちに丸投げしているんだと考えて気を取り直す。どう考えても、ぼっちプレイヤーの手に負える内容じゃない。
「ナントさん。この件もケインさんたちに報告してもらえますか? タクマたちも不用意に口にするなと言っていましたけど、僕からももう一度確認しておきます」
「だね。少なくともケインたちと合意を形成してからの方が好いだろうしね。新参に流すにしても、そのくらいの遅れは誤差の範囲だろう。折から世間は連休だし、多少の遅れはそのせいにもできるだろう」
「あ、そう言えば僕、連休はちょっと出かけるんですよ。なのでこっちには来れないんですけど」
「おや、そうなのかい? まぁそれはシュウイ君だけじゃないしね。連休明けでも問題ないさ」
「えと、ナントさんもどちらかへ?」
「いや、僕じゃなくてケインのやつがね……」
口を濁すナントの様子で大体の事情を察するシュウイ。
「あ~……羨ましいですねぇ。……僕は田舎の祖父ちゃんのとこで修行ですよ……」
「世の中にはリア充も多いというのにねぇ……」