第五十章 トンの町 5.ナントの道具屋(その1)
テムジンの工房を辞したシュウイが次に向かったのは、ナントの道具屋である。近日中にナンの町に移る事の報告と、今後の買い取りの相談を済ませておかねばならない。そしてその他にも……
(「東の泉」で済し崩しに貰った謝罪称号の事も相談しなくちゃいけないよね……)
シュウイが得た称号『泉の精霊の謝罪を受けし者』。精霊に対する場合、少しだけ交渉上の優位を得る事ができるという、役に立ちそうな立たなそうな微妙なスキルであるが、ナントのような商人だと――使い所さえあれば――有用なスキルだろう……精霊相手にそういう状況を創り出せればの話だが。
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「そうかぁ……いよいよシュウイ君も旅立ちかぁ……」
残念なようなほっとしたような複雑な感興を覚えつつ、ナントは目の前の少年を眺める。思えばこの少年には……というより、この少年が持ち込むドロップ品には――妙な表現だが――縦横無尽に振り回された気がする……。
「はい。それで、今後の事を考えると、ナントさん以外の人と取引を持つのは危ないんじゃないかと思うんですよ」
シュウイの言っている事に間違いは無い。何しろ、この少年が持ち込む素材は洒落にならない激レア品ばかり。迂闊に市場に流そうものなら大混乱になりかねない。という事は……
「つまり……今後も僕と取引したいという事かな?」
「ナントさんにはご迷惑をおかけしますけど……」
心臓に悪いのは確かだが、財布にはこの上もなく優しい取引だ。商人ナントとしては否やは無い。
「けど、その場合……」
「君が心配しているのは、どうやって取引をするかという事だね?」
「はい。あ、勿論ナントさんに会えなくなるのは寂しいですよ?」
気を遣わなくても良いと苦笑しつつ、ナントは一つの打開策を口に出す。
「トレード画面?」
「そう。取り引きしたいものが大量にある場合なんかは、トレード画面を開いて取引相手を指定し、相手が応じたら素材と代価を等価交換できるんだよ」
「え!? それじゃ……いや、というか、今まで現物を持ち込んだのってご迷惑でした?」
狼狽するシュウイに、ナントは苦笑して否定する。
「そんな事は無いよ……というか、この機能にも限界があってね……」
「限界?」
「そう。まず、インターフェイス越しだと、素材の詳細な鑑別ができないから、適正な価格をつけにくい。一旦価格を付けると、それが一つの目安になってしまうから、商人としてはここは慎重になりたい。一応、簡単な素材評価の機能はあるんだけどね……」
ナントに言われて、手持ちの素材を評価させようと試してみるが……
「……ナントさん、『適正な流通レベルの素材ではありません』って表示されたんですけど……」
「やっぱりね。シュウイ君が持ち込む素材はどれもこれも、普通に市場に流せないものだからねぇ。僕も伝手を頼って顧客に直に持ち込んでるし」
ナントの言う問題の本質は理解できたが、何の解決にもなっていない。
「まぁ、比較的おとなしめの素材は画面で取り引きするとして、大物は時々店に来てもらうか……あとは偶々僕と出会った時にどうにかするしかないだろうね」
「あれ? ナントさん、店を空ける事があるんですか?」
「そりゃあ、商人たる者仕入れは必要だからね。ここしばらくはシュウイ君が持ち込む素材の方が儲けが大きかったから店にいただけだよ」
「あ……そうなんですか」
「うん。ナンの町には僕も時々行くし、会う機会もあると思うよ」
少しだけほっとするシュウイであったが、もう一つ詫びておく事があるのを思い出す。
「あと……済みません、テムジンさんにナントさんが王都と取り引きしている事を教えちゃいました……」
テムジンに王都のコネをバラした事を謝罪したが、ナントは別段気にする素振りも無い。
「あぁ、テムジンなら問題は無いよ。口うるさい連中に知られると、チートだなんだと煩いから黙ってるだけで、別にβテスターたちにも秘密にしてる訳じゃない。ていうか、ミミックジャガーの毛皮を買い取った時に、『黙示録』の連中もいたよね?」
「あ……そうでしたね」
そういえば毛皮の売り先を説明する時に、王都云々という会話も出たような気がする。
「まぁ、さっきも言ったように煩い連中もいるから、βテスター以外にはあまり話さないでいてくれると助かるかな」
「解りました」
今後の取引の相談を終えた後で、シュウイはここへ来たもう一つの用件である謝罪称号の事を切り出した。
「謝罪称号ねぇ……」
βテスターであったナントにも、謝罪称号の件は初耳らしかった。
「……まぁ、ここの運営の考える事だからねぇ……」
「変に人間臭いAIでしたよ? 本当に人間なんじゃないかって思えるぐらい」
「確かに、SROの住人は良くできてるね。僕も時々、相手が人間なんじゃないかと思う事があるよ。ついでに言うと、運営が住人のふりをして紛れ込んでいる可能性も無いとは言えないけどね」
「え!? そんな事って、あるんですか!?」
「それこそ、ここの運営の事だからねぇ……。まぁ、それはそれとして謝罪称号だけど、確かに商人としては欲しい称号だろうね。幾つか問題点も見受けられるけどね」
「問題点……ですか?」
「うん。まず第一に、『精霊相手の取引』になっている事だね。つまり、今後精霊と取引する局面が出てくる事を示唆している……そう思えるんだけどな。ここの運営は捻くれてるけど、こういう暗示を出しておきながら、精霊との取引が生じない、なんて事をやらかすほどには拗くれてはいないと思うんだよ」
「成る程……」
ナントの指摘は地味に急所を突いていた。これまでの状況を分析してカナが結論づけたように、運営はSROの住民を含めたNPCとの交流を望んでいるらしい。
(……これは明日にでもカナちゃんたちと相談だね)「それでナントさん。第二の問題点は何ですか?」
「幾つか」の問題点と言った以上、他にも何かある筈だ。そう問いかけたシュウイにナントからの答えが返ってくる。
活動報告にも書きましたが、書籍版の続刊は出ない事になりました。既にお求めの方には申し訳ありません。
ただし、「なろう」での連載の方はまだまだ続きますので、もうしばらくお付き合いをお願いします。
来年は一月四日からの更新になります。
それでは、皆様良いお年を。