第五十章 トンの町 4.テムジンとの協力
「稀少金属ですか……」
「あぁ。知っていると思うが、現実の特殊鋼は鉄に何種類かの金属を配合したものが大半だ。翻ってゲームや小説ではミスリルだのオルハルコンだのアダマンタイトだのヒヒイロカネだの、現実には存在しない金属が幅を利かせており、これはSROも例外ではない。ただ、ここの運営の事を考えると、そういう魔法金属以外にも何かありそうな気がしていてね」
「で、現実と同様に、鉄に稀少金属を添加して特殊鋼が作れないか、と」
「あぁ。ただ、誰に聞いてもそういう稀少金属の事は知らなくてね。自分の考え過ぎかと思っていたんだが……【錬金術】とはね……盲点だった」
テムジンの指摘はシュウイにも重要な事のように思えた。
「今までに【錬金術】を使って鍛冶を行なおうとしたプレイヤーはいなかったんですか?」
「まず第一に、【鍛冶】も【錬金術】も、入手に必要なポイントがかなり高い。二つを揃えようとしたら、他のスキルが揃わなくなる。第二に、【錬金術】はいわゆる不人気スキルだ」
「あ? そうなんですか?」
そういえば……他に錬金術師がいるっていう話を聞かなかったな。住人にはいるみたいだけど。
「あぁ。【錬金術】は【鍛冶】や【調薬】とできる事が重なっていてね。特に序盤はその傾向が強く、一石二鳥で一見便利なスキルに思えたため、βテストでは取得したプレイヤーが多かった。しかし、育てていくと結局はどっちつかずになってね」
なるほど……とシュウイは密かに納得する。確かに【調薬】と【錬金術】は、初級では内容が共通しているとどこかで読んだ憶えがある。内容に違いが現れるのは中級からだったような気がする。
「それでなくても、【錬金術】はスキルが上達しにくい。同じ作業を延々と繰り返さないと駄目らしい」
自分の場合は【器用貧乏】が後押ししてくれているんだろうと思い当たり、スキルに感謝するシュウイ。
「極めつけに、【錬金術】は潰しが効かない。冒険者必須のポーション類は、【調薬】の方が良いものが作れるし、金属加工も【鍛冶】の方に分がある」
「あの……だったら【錬金術】って、何のために……」
「自分は合金の作成だろうと睨んでいるんだが……」
「……が?」
「βプレイヤーでも、そこまで【錬金術】を育てた者はいないし、自分の知る限り、現時点で【錬金術】を取得した者もいない」
あぁ……そういぅ……
「え~と……ナントさんから聞いた話ですけど、住人にはいるみたいですよ? 錬金術師」
「何!?」
驚いた様子で振り返るテムジン。
「あの~……つい口走っちゃいましたけど、これってナントさんの個人情報なんで……」
「これでも自衛官だからね、情報の取り扱いは解っている。漏らしはしないし、ナントには後日承諾をとっておく」
「え~と……僕も詳しい話は聞いてません。ただ、王都の錬金術師を知っているような口ぶりでした」
「成る程……住人か……」
盲点だったなと呟くテムジンに、シュウイが一瞬不思議そうな視線を送るが……
(そう言えば……カナちゃんたちも住人の従魔術師に会って吃驚してたっけ……)
「テムジンさん。住人の従魔術師や召喚術師が確認されたって話は聞いてます?」
「そう言えばそんな話を聞いたような……いや、錬金術師もそれと同じか?」
「その可能性もあります。条件を満たしていないので解放されない、みたいな」
「条件?」
「それが何かは判りませんけど……」
「いや……そうだな。済まなかった」
「いえ……ともかくそうなると、現状で【錬金術】を保有していると確認できているプレイヤーは僕一人……って事もある訳ですね?」
「あぁ、そういう事になる……」
何か言いたげなテムジンを見て、シュウイは自分のカードを一枚晒す事を決める。
「テムジンさん。僕が拾ったのは【錬金術(邪道)】というスキル……いえ、アーツなんです。さっきお話ししたように、普通の【錬金術】と違っているみたいだし、上手く育てられるかどうかも判りませんけど、それで良ければお手伝いしますよ?」
邪道アーツがどういうものか判らない現在、解明の役に立ちそうなコネクションは握っておいた方が良い。そう考えてのシュウイの決断であった。
シュウイの厚意に殊の外喜んだテムジンであったが、感動が収まると再び話を鉱石採集の件に戻した。
「それで、さっきも言ったように、トンの町近郊で採れる素材は洗い浚い掻き集めた方が良いというのは……」
「微量元素の事ですね?」
「そう。稀少金属の他に希土類元素なども何かの役に立つかもしれん。現状では不純物としか見なされていないが、トンの町の鉄鉱石の品質が悪いというのも、逆の見方をすれば……」
「微量元素が豊富な可能性もあると……」
そう言えば……以前にナンの町へ行く時に馬車に乗り合わせたプレイヤーも、そんな事を言っていた。確か、トンの町の鉄鉱石には砒素の混入が多いとか……。ジェクといったか、あのプレイヤーは……
「ジェクを知っているのか? そう、砒素ぐらいなら自分にも判るんだが、稀少金属に関しては自分の【鑑定】には表示されなかった。しかし、錬金術師の【鑑定】には表示されるかもしれない」
「僕の【鑑定】のレベルが低くて表示されない可能性もありますけど」
しかし、そういうシュウイの指摘をテムジンは否定する。
「ここの運営なら、初級であっても錬金術師には採集が可能、そういう仕様にする筈だ。そういう部分はフェアというか……」
「あ~……そっちの方が、後でプレイヤーは地団駄踏みそうですよねぇ……」
さすがに今日というのは無理だが、近いうちにトンの町近郊で鉱石の採掘に行く事を約して、今度こそシュウイはテムジンの工房を辞した。