第五十章 トンの町 3.万力鎖の製作依頼
訓練場を後にしたシュウイたちは、再びテムジンの工房へと戻って来ていた。
「万力鎖か……」
「えぇ。分銅鎖とも言いますけど」
シュウイはナンの町に拠点を移すに当たって、可能な限りの準備を整えておくつもりだった。何しろ自分は「スキルコレクター」のせいで、定番とも言える必須スキルが軒並み得られない。現状はパーソナルスキルで何とか誤魔化せてはいるが、それだけではどうにもならない時がきっと来る。その時に備えるために、可能な限りの準備は整えておきたい……。
ソルが考えているのは暗器である。【暗器術】というスキルが生えてきた事もあるが、火力の低い自分が生き残る術は奇襲にあると考えていた。幸いに隠密系と警戒系のスキルは充実しており、これらは奇襲戦法との相性が良い。投石紐や吹き矢といった遠距離戦の武器による奇襲は、モンスター相手にも通じた。だったら、接近戦向けの暗器が使える可能性も低くない。現状でシュウイが所有している近接用の暗器はバグ・ナクだけ。できればもう少し手札を増やしておきたい。他に「手の内」と「馬針」という候補もあり、どれにするか迷っていたが、「万力鎖」にもってこいの分銅をナントから入手できた事が決め手となった。
「一応、ナントさんから手頃な分銅は買ってあるんです。なのでこれに鎖を付けてもらえれば……」
そう言ってシュウイが取り出した分銅を、テムジンは矯めつ眇めつ仔細に検分していたが……
「う……む……」
「あの……何か拙かったですか?」
テムジンの顰め面の理由が判らないシュウイが恐る恐る訊ねる。
「いや……この分銅も悪いものじゃないが……折角のシュウイ君の依頼、それも面白そうな依頼なんだ。できれば分銅と鎖の材質から拘りたい。……シュウイ君に異存が無ければ、分銅も自分に用意させてはもらえないだろうか?」
シュウイが用意した分銅は、鍛冶師テムジンのお眼鏡に適わなかったらしい。
「えぇと……」
「いや、誤解してほしくはないのだが、シュウイ君から代金を取ろうとは思っていない。これはあくまで自分の拘りなんだ」
「あ、いえ、ご厚意はありがたいんですけど、僕は近いうちに……多分リアルの日程で連休明けの翌週くらいには、ナンの町に移ろうかと思っているんで……」
それまでに造ってほしい旨を説明したが、テムジンは問題無いというように頷いた。
「その日程なら何の問題も無い。連休明けには間違いなく渡せる」
「それなら宜しくお願いします」
スケジュール面での問題が無いと見て取ったシュウイは、テムジンの厚意に甘える事にする。分銅のサイズ、鎖の長さ、想定している使い方などをテムジンに詳しく説明して、シュウイは工房を後に……しようとしたところで、ふと思いついた事を訊ねてみる。
「あ、そうだ。テムジンさん、鍛冶に使う鉱石類って、掘るのに必要なスキルとかあるんですか?」
唐突なシュウイの質問に寸刻目を見開いたテムジンであったが、すぐにシュウイの疑問に答える。
「いや、発見にも採集にも、格別なスキルは必要無い。どんな鉱石がどこにどういう形で産出するかの知識さえあれば、採掘自体は誰にでもできる。ただし、鉱石から必要な金属を取り出すのには【鍛冶】のスキルが必要だが」
もの問いたげなテムジンの表情に、シュウイは事情の一端を話す事にする。
「え~と……妙な成り行きで変な【錬金術】スキルを拾ったんですけど、どんな素材が使えるのかが判らないんですよ。なので、なるべく多くの素材を見て回っているんです」
「【錬金術】の変わり種か……レシピが解放されていないという事はバグ……いや、ここの運営の事だから、多分特殊なタイプのスキルなんだろうな」
うわぁ、当たってるよ。鋭いな、テムジンさん。
「そうなのかもしれませんけど、現実問題としてレシピが判らないのは変わりません。ナントさんや住人の人からは、どんな素材が使えるのか、普段から気をつけておくように言われたんですけど、鉱石まで頭が回らなくて……」
ふむ、と腕を組んで考えていたテムジンは、やがて腕組みを解いて助言する。
「何か事情があるようだが、それについては詮索しない。ただ、ここの運営の事を考えると、トンの町近郊で得られる素材は、何であれ掻き集めておいた方が良いと思う。……実は、自分も以前から気になっている事があるんだ……」
そう言ってテムジンが話した内容は、シュウイにとっても納得のいく事だった。