第五十章 トンの町 2.訓練場へ
大急ぎで戸締まりその他を済ませたテムジンと肩を並べて――と言っても背丈が違い過ぎるので、あくまで比喩的表現であるが――シュウイは冒険者ギルドの訓練場に向かう。
「あ……でも、もしテムジンさんが弓道経験者なら、少し戸惑うかも……」
呟くように言ったシュウイの台詞にテムジンが反応する。
「嗜んだ程度だが、一応経験はある。それが何か?」
「あ、いえ、他の人が使っているのを遠目に見た事が何回かあるんですけど、洋弓みたいだったんですよ。弓返りを前提とした和弓の使い方とは違うんじゃないかと……」
シュウイがそう懸念を口にすると、テムジンは寧ろ感心したように言葉を返す。
「まぁ、そのあたりは実際に弓に触ってみんと判らんが……しかし、シュウイ君は能く弓返しの事なんか知ってるな。君も経験者なのか?」
「あ、いえ、違います。弓の事は何かの本で読んだ程度ですね。うろ覚えです」
シュウイの発言に偽りはない。彼が祖父から習っている歌枕流は修験者が自衛のために編み出した流儀であり、その技術体系に弓術は含まれていない。どちらかというと弓で狙われた場合を想定しており、その場合の対処を心構えとして伝えている方である。
テムジンもそれ以上追及する事はしなかったので、二人はそのまま歩みを進め……
「あ、いた。ドウマさ~ん、ご無沙汰してま~す」
「ん? ……おぉ、シュウイだったな。今日はどうした?」
うん。僕の事、忘れてたよね、この人。AIとは思えないなぁ……
「今日は、知り合いが弓を習いたいというんで連れて来ました」
「ほう、異邦人にしちゃ珍しいな……腕っ節は強そうだし……いけるか?」
後半の台詞はテムジンに向けたものであったが、テムジンは力強く「是非!」と答えていた。
ドウマが地元民用の弓を持ち出して、的を射てみるようにテムジンに勧める。テムジンはしばらく弓の具合を確かめていたが……
「む……少し逸れたか……」
「あ~、惜しい!」
「ほう……初っ端からあそこまで勢い良く飛ばすたぁ……異邦人にしちゃ、やるじゃないか」
馴染んだ和弓とは感覚が違うのか、的には当たらなかったものの、その横の土壁に深々と突き刺さった。
「妙な癖も付いちゃぁいねえし、筋も良い。しばらく通えばこっちの連中並みにはなれるだろうぜ」
そう言ったドウマの台詞に驚いたのか、テムジンは少しの間硬直していたようであったが、やがて力強く頷いて言った。
「是非、ご指導をお願いしたい!」
「あぁ、俺はドウマってんだ。大概ここでとぐろを巻いてっから、気が向いたらやって来な」
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「いやぁ~……シュウイ君のお蔭で宿願が叶いそうだ。お礼の言葉も無いよ」
「そんな、大袈裟ですよ」
「大袈裟なものか。君のお蔭で正式な指導を受ける機会を得たのだから」
……正式な?
「あ、ひょっとして?」
「うむ。弟子入りクエストが発生した。勿論イエスと答えたとも」
「あの時の間はそれでしたか」
「あぁ。本当にお礼の言葉も無い。自分にできる事があれば、遠慮無く言ってくれ」
あ、だったら……
「それだったら、一つ造って戴きたいものがあるんですけど」