第四十六章 ナンの町 1.「マックス」
現在タクマたちのパーティ「マックス」は、一時的に二手に分かれて活動していた。タクマが弟子入りクエストを受ける事にしたのに続いて、リーダーで剣士のサントもクエストを受ける事に決めたからである。
昨日のうちにタクマからのメールで、二回以上続けて稽古を受けて初めて弟子入りの資格を得る可能性に気付いたメンバーが本日再度稽古を受けた結果、リーダーで剣士のサントも弟子入りクエストを受けられる事になったのだ。
誤解の無いように言っておくと、二人が受けるクエストは、あくまで弟子入りのための試験である。クエストの課題をクリアーできない場合は、弟子入りを認められずにお払い箱となる。異邦人の場合、弟子入りしたからといって師匠の許に常駐する必要は無く、時折師匠の許を訪れて出される課題をこなしていけば、さまざまな特典が得られるようになっている。
ともあれ、チームの主力である二人がクエストで動けない以上、いつもと同じ活動は不可能になる。よって残りの四人――斥候役の獣人パリス、壁役のバルト、魔術師のマギル、回復役のエルフの僧侶ウィリス――は、もう一つの課題案件である従魔術師との邂逅を目指して町を歩き回る事にした。
キャラクター・クリエイト以降でも従魔術を取得できる可能性がある――何気に重要なこの情報は、しかし思っていたよりも拡散が遅れていた。情報の開示を依頼された「ワイルドフラワー」のリーダーが、何を考えたのか考えなかったのか、従魔術師――言い換えると、既に従魔術を取得している面々――関連のスレだけに情報を流したため、肝心の未取得プレイヤーが情報に接するのが遅れているらしい。運好くこの情報に接したプレイヤーたちはプレイヤーたちで、この情報を大っぴらにする事無く、密かに住人の従魔術師を探し回っている――そりゃ、競争相手は少ない方が良いに決まっている――ため、益々情報が広まらない。
こういった次第で、「マックス」の――自称頭脳派の――四人組がナンの町で従魔術師探索に乗り出した時点でも、まだまだ競争相手は少なかったのである。それらしき何人かが妙に優越感を漂わせた眼でこちらを見ているのは、首尾良く従魔術の取得に成功したのだろう。少しばかり悔しいが、それはそれで、ここにターゲットである住人の従魔術師がいるという証左になる……
「……今更かもしれんが、問題の従魔術師ってのは、どういう格好してるんだ?」
「……本当に今更だな……でっかいヘルファイアリンクスを連れてるって事だから、見れば判るだろ」
「いや……たった今気が付いたんだがな……住人の従魔術師って一人だけなのか?」
「あ? どういう事だよ?」
「だからな……ヘルファイアリンクスを連れていない従魔術師がいたら、見過ごしちまうんじゃないのか?」
思いがけない壁役からの指摘を受けて、立ち止まって考え込む斥候役と魔術師、それに僧侶の三人。確かにそういうケースも考えられる、というか……
「……ここの運営だと、その可能性は高いよな?」
「寧ろ必然性と言うべきだな……その前提で目を配るしかないだろう」
「小さな従魔だと気が付かんかもしれんぞ?」
「いや、ここの運営の事だ。後から思い返してみれば気付く筈……というようなサインがあるに違いない」
「そうだな……きっとそうだ」
「そのサインっていうのは、どういうやつなんだ?」
「それが判りゃ苦労しねぇよ……」
「例えば……そうだな、ソロで活動しているとか……?」
「あぁ……従魔はパーティ枠を食いつぶすし、あるかもしれんな」
「だったら……あそこにそれっぽい三人連れがいるんだが?」
バルトの台詞に顔を上げた三人が、彼の指し示す方を見ると……いかにもな感じの三人連れが談笑している……いや、正確にはそのうちの二人が話していて、残る一人――長めのローブを纏い、フードで顔を隠している――は少し後に礼儀正しく控えている。
こっそりじっくり見ていると、ローブの人物が荷物を抱え上げた時にその手が顕わになった――白骨の手が。
「スケルトン!?」
思わず叫んで身構えた四人を振り返ると、話をしていた二人組が口を開く。
「何だ? 異邦人か?」
「あぁ、心配すんな。こいつはスケルトンだが、俺の従者だ」
「「「「は!?」」」」
「マックス」の四人が出会ったのは、住人だが従魔術師ではなく、召喚術師と死霊術師の二人連れであった。
・・・・・・・・
「……それで、結局どうなったの?」
「ワイルドフラワー」の魔術師カナが、フレンドチャットで話している相手はタクマである。稽古の後で四人組から事の次第を報告されたタクマは、その顛末を――他のメンバーの合意を得た後で――カナに流したのである。
『あぁ、結局マギルが召喚術を、バリスが死霊術を取得した』
「魔術師が召喚術、斥候役が死霊術――で、合ってるわね?」
『あぁ、そうだ。悪い、解りにくかったな』
「いえ、気にしないで。それより、二人はどうしてそういう分担に?」
『蒐……シュウイが言ったように、斥候役が偵察用のモンスターを使うってのは悪くない話に思えたんだが、住人の二人から話を聞くと、どんな召喚獣が召喚されるかは運次第の部分がある上に、鳥系のモンスターは最初のうちは得にくいそうなんだ。万一図体のでかいモンスターに当たったら、斥候的にはマイナスだからな。それくらいならって事で、死者から情報を得られる可能性がある死霊術にしたらしい』
ちなみに、残る一人の魔法職であるウィリスがスキルを取得しなかったのは、回復に充てるべき魔力を消費するのは得策ではないと判断したためである。
――シュウイが持っている【死霊術(聖)】の事を知っていれば、違う判断をしたかもしれないが。
「なるほどね……」
しばらく黙り込んだカナに、タクマが不思議そうな声で問いかける。
『おいカナ、何を考えてんだ?』
「あぁ、ご免なさい。ちょっと考えていたのよ。運営がここへきて従魔だけでなく召喚獣やアンデッドの従者まで解放した理由についてね」
『……何だと思うんだ?』
「判らない……けど、ひょっとしてモンスターの使役術、あるいはモンスターとの交流が重要になってくる可能性があるのかな……ってね」