第四十五章 水汲みクエスト 4.運営管理室
「『トリックスター』の少年が、東の泉の試練をクリアしました」
その報告を聞いた時には、誰も問題があるとは思わなかった。そのまま、そうか、で終わりそうになった時、運営管理室のスタッフの一人が気付いた。
あの少年は水汲みクエストのために東の泉を訪れたんじゃなかったか? 力試しではなくて?
「……どういう事だ? なぜ試練を受けるなんて事になった?」
「水汲みクエストなら通行手形を持っているんじゃないのか?」
ログを確認していた中嶌がその答えを見つけ出した。
「あぁ……手形が参照されていませんね」
「何? 通行手形を見せずに戦闘になだれ込んだのか?」
「どんだけバトルホリックなんだよ」
「いえ……通行手形を見せるようにという警告そのものが出ていません」
「……何だと……?」
「どういう事だ!?」
例によって困惑する管理室のスタッフたち。
「モンスターハウスに踏み込んだプレイヤーには、通行手形を使用するかどうかの選択肢が与えられ、Yをクリックした者はそのまま泉へ案内され、Nをクリックした者はモンスターと戦闘になる……んじゃなかったのか?」
何かがおかしい。そう気付いたスタッフたちが過去ログやヘルプファイル、プログラムのスクリプトなどをチェックし始める。その結果明らかになったのは……
「つまり……プレイヤーの侵入を感知して《Y/N》の選択を問うプロセスは、モンスターのAIが侵入者を認識する事で始まるのか? メインAIではなくて?」
「どうもそうらしい。プレイヤーがモンスターエリアに立ち入っただけでは、資格審問のプロセスに入らないようだ」
「何でそんな妙な仕様になっている?」
「あれだ。試練を受ける資格があるかどうかの審問にギャンブル性を持たせようという……」
「あぁ……毎回同じような展開じゃ飽きるとか言ってたアレか……」
「そう。運が好ければ手軽な相手との闘いだけで審問の場に辿り着き……」
「そこで容赦無く潰されるという訳だな」
「で? 肝心の『トリックスター』は何をやったんだ? ……いや、何となく答えが判る気がするんだが……」
「多分予想どおりだな。隠密系スキルのトリプルコンボで、モンスターに気付かれないまま審問エリアを突破した」
「通行手形の呈示を求められない訳だ……」
「その結果、水汲みクエストの参加者でなく、試練への挑戦者だと誤解された訳か……」
頭を抱え込んだスタッフ一同であったが、やがて一人が管理室長である木檜の方に向き直る。
「それで……どうします?」
「どう、とは?」
質問に質問を返す木檜に、スタッフは訝しげに聞き返す。
「……何もしないという事ですか?」
「いや……そうだな。モンスターハウスの所在を告げる看板に、通行手形を掲示するよう書き加えるか」
「……それだけですか?」
「他に何をする必要がある? 要は水汲みクエストの受注者が、きちんと手形を示して通行すれば済む話だろう。試練を受けようとする者が、隠密系のスキルで無駄な闘いを避けようとするのは、これはプレイヤーの戦術として認められる範囲だろう。運営としてそれに干渉する事はできん……まぁ、あの弾幕射撃には驚いたが」
木檜の言葉に、それもそうかと納得する一同。抑、シュウイが普通に通行手形を提示していれば、何事も無く済んだ話なのだ。
「精霊の試練については、あの少年ならクリアしてもおかしくないだろう。それ以降の展開は、彼の選択次第だ。こちらから干渉はできん」
木檜の見解に納得しかけた――弾幕射撃の事は忘れよう――一同であったが、首を傾げつつ徳佐が発した質問でその流れが変わる。
「しかし木檜さん、あの泉の精霊は、何でまたあんな妙な性格になってるんですか?」
プレイヤーの言う事に耳を貸さず、思い込みで突っ走る。それだけなら原始的なAIと同じ反応と言えなくもないが、その後の土下座などを見ると、妙に人間臭い気がする。……いや、人間臭いのはまだ良いんだが、何でまたあんな妙な性格に設定したのか?
「あれ……なぁ……いや、管轄が違うから俺も詳しくは知らないんだが……問題のありそうな性格のAIを試験的に配置するとかいう話を耳にした事があるんだ。その後話を聞かなかったから立ち消えになったのかと思っていたんだが……」
「あの娘がそれだと?」
「どうもそんな気がするなぁ……」
「けど……そうすると東の泉を訪れるプレイヤーは、皆、あの精霊に絡まれる訳ですか?」
それはさすがに問題じゃないかと言いたげな大楽に木檜が答える。
「いや……聞いた話では確か、最初に出会ったプレイヤーだけとか、確率で妙な性格に出会うとか言ってたような気がするんだが……まぁ、これは俺の方で確かめてみる」
「お願いします。変な性格のNPCに出くわしたとクレームが殺到しても、管理室じゃぁ対応できませんからね」