第四十五章 水汲みクエスト 3.水汲みクエスト~本番~
「申し訳ございませんっ!」
シュウイの目の前で華麗な土下座を決めているのは、ここ「東の泉」の精霊である。
「いえ……行き違いがあった事は諒解しましたし、実害もありませんでしたから」
「実害……無かったんですね……」
――話は少し前に遡る。
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警戒スキル四つ重ねと隠密スキル三つ重ねの効果に物を言わせて泉に辿り着いたシュウイを出迎えたのは、いかにもな雰囲気の泉の精霊であった。
「よくぞここまで辿り着きました、勇者よ」
「あ……いえ……僕は勇者なんかじゃなくて……」
「されど、最後の試練を潜り抜けぬ者に鍵を渡す事はできません」
「だから違うって……ねぇ、聞いてます?」
「見事試練を乗り越えて、勇者の資格を示しなさい!」
「あぁ……もういいや……」
自分の役割に没頭して人の言う事を聞かない精霊に、何やら達観したような視線を向けて、懶げに杖を構えるシュウイ。懐のシルも――こりゃ駄目だという感じに――頭を振っている。
精霊の言葉が終わるか終わらぬうちに、泉の水面から青く半透明な狼たちが姿を現す。一頭、二頭とその数が増え、十頭になったところで次々に襲いかかって来た……のだが、再び隠密スキルを発動したシュウイを捉えかねたのか、見当違いな場所に飛びかかってウロウロしている。試しに【ウェイトコントロール】を使わない打撃で攻撃してみたが、それでも結構ダメージは通るようだ。数が十頭と多いため、少しでも手早く片付けようと、シュウイは防御をシルに任せて単純に殴り倒す事を選択する。一発でも攻撃を入れれば隠密状態は解除されるが、一撃を入れた後は素早く離脱して距離を取り、再び隠密状態に戻る。シュウイを見失って気の毒なくらいウロウロしている狼たちに向かって、隠密状態のまま投石紐を振るって投石。見事頭部に命中すると、その一発で狼は光に変わった。
七頭の狼を杖と投石紐で片付けると、距離を取った状態でシュウイは隠密スキルを解除して姿を現す。すっかり逆上した狼たちが襲ってくるのを……
「いや~……水系統の魔物なら通用するかと思ったけど……想像以上に相性が良いな、これ」
毎秒約十発というバルカン砲さながらの連射速度で、【火魔法(オーク)】のファイアーボールの弾幕射撃を喰らった狼たちは、近寄る事もできずに光に変わった。
言葉も無く立ち竦む精霊に軽く――ポーズを決めて――一礼すると、シュウイはアイテムバッグから樽を取り出して泉に向かう。
「それじゃ、水を汲ませてもらいますね」
「え? え?」
「あ、そうだ。これ」
「え? え? え?」
シュウイが懐から取り出した通行手形を見た精霊の目が真ん丸に見開かれて……
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――斯くして話は冒頭の場面に戻るのである。
「……あぁ、そういう事なんですか」
「はい。シュウイ様が私の配下の者の目を巧みに躱してこちらへおいでになったために、案内が届かなかったようです」
泉の精霊――のAI――から説明を受けて、ようやく事の次第を納得するシュウイ。詳しい説明も無しにモンスターハウスに突っ込ませるとは、随分苛酷な水汲みもあったものだと些か不審に思っていたのである。シュウイが姿を隠したりしなければ案内のウィンドウが表示され、そこで通行手形を示せば何の問題も無く泉に案内された訳だ。
では、姿を隠したシュウイに非があるのかと言えば……そうとばかりも言えないだろう。モンスターハウスがあると言われれば、気配を隠そうとするのは当たり前だ。要はバランドが詳しい説明をしてさえいれば良かったのだが……まさか数多いるモンスターの監視網を悉く潜り抜けて泉に到達しようとは、いくらAIが優秀でも予測できなかったに違いない。
一言で云えば、巡り合わせが悪かったのだ。
と、それで済ませるあたりが既に普通ではないのだが……何しろ「実害が無かった」のだから文句を言う筋合いではない、とシュウイ本人が思い込んでいる。
どことなく釈然としない思いを呑み込みつつ――良くできたAIだ――泉の精霊はシュウイに告げる。
「そ、それでですね、経緯はともかくシュウイ様は試練を突破した訳ですし、祝福を受けて戴きたいんですが……」
SRO内にはいくつか試練の場が設けられており、そこを突破した者には祝福という形で称号が与えられる。そしてこれらの称号には、特定のクエストを受けるための鍵となっているものもある。ここ東の泉の試練は、そういう特定クエストを受ける資格――ただし、ここの試練をクリアしただけでは、まだクエストを受ける資格には至らない――を問うものであった。
「え? 貰えるんですか?」
「ええ。想定外の形とはいえ試練の突破は事実ですし……最後の戦闘を見る限り、ここ程度の試練ではシュウイ様の相手は務まらないでしょうし……」
「はは……」
乾いた笑いを浮かべつつも、シュウイはその祝福とやらをありがたく受ける事にしたのであった。