第四十三章 ナンの町 3.「マックス」(その2)
訓練場には、指導員と見受けられる三人の住人が待ち構えていた。
「ほう。異邦人がここに来るなぁ珍しいな」
「あ~……偶には基本を見直さないとな」
「良い心懸けだ。それじゃあ、その見直しの手伝いってやつをしてやるよ」
先刻と同じような問答の後、三人の指導員がそれぞれの前に立った。
・・・・・・・・
「……っ!」
タクマは必死の形相で指導員の剣を躱した。
「ほほぅ……今のを避けるか。ひよっ子にしちゃ中々筋が良いな」
楽しそうに話す指導員の右手には片手剣、左手には短剣が握られている。剣の方は、片手での取り回しを重視したのか、タクマが持つ剣よりもやや短い。しかしその分小回りが利き、特に接近しての闘いでは、長めの双剣を振り回すタクマに苦戦を強いていた。
「ちっ! 近づかれちゃ不利って事か。なら……近寄らせねぇっ!」
タクマとてβテストで上位の実力者である。リアルでも小学校時代は剣道を習っていたし、二段程度の腕はあると自負している。SROで双剣を使うと決めてからは、二刀流剣術の型も研究し、真似事程度はできるようになった。
(けどっ! 悔しいがおっさんの方が一枚も二枚も上手だぜ!)
男は決してタクマの正面には立たず、双剣の攻撃が集中するのを避けている。反対にタクマの片手攻撃は長短の剣を組んだ十字留めで受けられ、即座にどちらかの剣ががら空きの脇腹や、剣を持つ腕そのものを狙ってくる。自前の運動神経とスキルを駆使してそれを躱すタクマ。シュウイの忠告を得て取った【平衡感覚】が、実に良い仕事をしてくれている。
(糞っ! 左右の剣をバラバラに使ってちゃ間に合わねぇ。なら……)
一旦間合いを取ったタクマは、左右の剣尖を揃えるように中段に構えた。宮本武蔵の二天一流にある構えである。
「……ほう?」
そのまま左右の剣を揃えて打ち込む。指導員が左右どちらかに身を躱したら、そちらの剣を振り回して牽制、その反動を利用するようにして自分も体を入れかえる。
指導員の男は楽しそうに笑った。
左右の剣尖を揃えたタクマが双剣を振りかぶらんとしたタイミングで男が身を躱す――のが一拍早過ぎた。このタイミングなら、男が移動した方の剣をそのまま振り下ろせばいい。
誘われた――と気付いたのは、深めに踏み込んだ男の交叉した片手剣と短剣が、剣でなく腕の付け根を捉えた時だった。
そのまま、仰け反るように態勢を崩される。男が背面に回った時には、片手剣の峰がタクマの脇から腹へ差し込まれており、片手剣の柄と短剣で挟まれた二の腕を押し込まれるだけで、テコの原理で身体が崩される。為す術も無くタクマは男に取り押さえられていた。
・・・・・・・・
「結局、お前たちもボコられたのかよ」
訓練場を後にした「マックス」のメンバーは、馴染みの酒場で軽い飲み物を摂っていた。SROでは未成年者の飲酒は――VRであろうと――御法度である。尤も――現実の日本とは違って――十三歳で成年に達したと見なされるのだが。この辺りは政府の方ともあれこれ調整があったらしいが、詳しい事は明かされていない。タクマたちは一応成年と見なされる年齢なのだが、真っ昼間から飲んだくれるのもどうかという事で控えている。他のメンバーの様子を見る余裕など無かったタクマの質問に、リーダーで剣士のサントが答える。
「あぁ……手も足も出なかった。でもまぁ、スラッシュのヴァリエーションを覚えたから、俺としては黒字だけどな」
「……ん? ヴァリエーションって何だ? スラッシュって、チュートリアルで習う基本技だろ?」
「チュートリアルで習うのは、スラッシュの基本だけだ。上段だけでなく斜め上段や下段、順手でなく逆手でのスラッシュまで覚えたぞ」
「マジかよ……多少の個人差があるのは知ってたけど、それをスキルとして覚えられるのか……」
「お蔭で技のヴァリエーションが一気に増えた。誘ってくれたタクマと、教えてくれたタクマのリアフレに感謝だな」
「マギルはどうだったんだ?」
「フェイントの技術を教わりましたよ。溜めたボール系の魔法を時間差を付けて違う方向に飛ばすんですけどね」
「そりゃまた……結構えげつない技術だな」
「他にも色々と使える小技を幾つかね」
うんうんと納得したように頷いているタクマに、僧侶のウィリスが質問する。
「で? タクマはどうだったんだ?」
「おう……それなんだけどな」
一旦言葉を切ってメンバーの顔を見回したタクマが、続いて発した言葉は全員を驚かせた。