第四十三章 ナンの町 1.「ワイルドフラワー」
シュウイが墓掘りに勤しんでいる頃、ナンの町を歩いていた魔法少女パーティ――本人たちは魔術師と称しているが、周囲からは魔法少女と認識されている――「ワイルドフラワー」のサブリーダー、カナがピクリと身を震わせると、低い声で警告を発する。
「警戒。【魔力察知】に反応あり」
他のメンバーが一瞬だけ身を固くして、そのまま何気ない風を装って進む。ただし最大限に警戒して。
「カナ、魔術師の反応じゃないのね?」
「違う。どちらかというとモンスターの反応ね。ただ……」
警戒を続けつつパーティリーダーの問いに答えるカナであったが、終わりの方は少し確信無げに言い澱む。
「ただ、何なの?」
「モンスターらしい魔力は感じても、私たちに対する攻撃の徴候というか、魔力の高まりは感じない。あと、住民らしい反応に乱れが無い」
「それって、【気配察知】?」
「そう」
重ね掛けの効果で、カナの【魔力察知】と【気配察知】は既にレベル4に上がっている。疑う理由は無いのだが……モンスターがいるのに住民が平常というのはどういうわけか。
その答えは、制止する間もあらばこそ、ててーっと先へ走っていったセンがもたらしてくれた。
「ねぇねぇ、カナちゃん、リーダー、大っきなネコさんがいるよ?」
顔を見合わせたカナとリーダーの少女――エリンという名前である――は、センの許へと恐る恐る歩みを進める。
「嘘……あれって……」
「ヘルファイアリンクス?」
宿屋の前に泰然と腰を下ろしているのは、立派な首輪をつけたネコ型のモンスターであった。その表示は住民と同じイエロー。敵でないのは明らかである。実際に住民たちは別に怯えた様子を見せていない。呆然として見ているカナたちの目の前で、宿屋から出てきた住民の男性がヘルファイアリンクスに声をかけると、モンスターは嬉しげに喉を鳴らした。
「まさか……従魔術師……?」
カナの呟きが聞こえたのか、その住民はカナたちの方に顔を向ける。
「何だ? 嬢ちゃんたちは従魔術師を見るのは初めてか?」
・・・・・・・・
とある食堂の片隅に、疲れたような気の抜けたような様子の「ワイルドフラワー」の姿があった。
「……まさか、住民の従魔術師なんてのがいるとは……」
「いえ……いても別におかしい事は無いんだけど……」
「なぜか思いつかなかったよね……」
実際に魔術師や薬師の住民がいるのだから、従魔術師がいてもおかしくはないのだが……
「ねぇねぇカナちゃん、この前見たリストには、従魔術師って無かったよね?」
カナが予想外という様子でぐったりとしているのは、以前に調べた住民の職業リストに従魔術師が記載されていなかった事も一因である。それは、調査時以降に住民に従魔術師が追加された事を示唆しており、同時に運営が示す住民データが時々刻々と変化している事、従って随時チェックする必要がある事を意味していた。
「リストって何? どういう事?」
不審気に聞き返すエリンに対して、職業リストを調べた一件を説明するセン。
「カナからは住民との交流が重要だと聞いたけど、その時の話ね?」
「うん。それで、その時調べたリストには、従魔術師って載ってなかったの」
センの説明を聞いたメンバーの一人が、怖ず怖ずといった様子で質問する。
「だったら、急に従魔術師が追加されたって事?」
その質問にはエリンが――考えながら――答える。
「いえ……多分だけど、追加っていうより解放でしょうね。予め従魔術師の住民は作成されてあって、何かがトリガーとなって出現したんだと思う」
「そして、それが新たなトリガーとなって、リーダーたちがスキルを取得可能になったと」
そう。先程からカナがぐったりとしているのは、彼女たちが新たに取得可能になったスキルにあった。
【テイム】
キャラクタークリエイトで従魔術師を選んだ者が取得するスキル。そして、それ以外に――転職の際に従魔術師を選ぶ事はできるが――取得する方法が知られていなかったスキル。
そう、住民の従魔術師と言葉を交わしたセン・カナ・エリンの三人は、会話の最中に出現したウィンドウで、【テイム】が取得可能になった事を知ったのである。
「こんな形で取得するケースもあるのね……」
「む~……キャラクリでしか取れないスキルだと思ってたけど……」
「その分、支払うべきスキルポイントは高くなってるみたいね」
「あら、カナ、復活したの?」
「えぇ、いつまでも沈没してはいられないから」
復帰したカナを加えて、今後の方針をどうするかが討議される。
「スキルポイントが結構高めだけど……支払えなくはないわよね」
「問題は、三人のうち誰が取得するかよね」
「はいはい! あたし欲しい!」
「センちゃん……」
「あら、私も取ってみたかったんだけど」
「カナちゃんも? じゃぁ、一緒に取ろう!」
「二人とも取得するの? あたしが取ろうかと思ってたんだけど?」
「あ! じゃぁ、三人で取ろ!」
深い考えは何も無く三人取得を提案するセン。通常はパーティ内で取得スキルが被らないように調整するものだが、さすがに【テイム】の魅力には三人とも抗えなかったようである。
「……じゃあ、三人で取得するとして、掲示板にはどうする?」
「別段問題無い思うし、上げても大丈夫じゃない?」
「そうね。それじゃぁ掲示板には……」
「リーダー、お願いしますね?」
にっこりとエリンに微笑みかけるカナ。
「あ……うん……解った……」
「黒幕の似合う女」ことカナ。彼女の決定と命令に抗える者はいないのであった。