第四十二章 運営管理室 2.死霊術(その2)
「……つまり、『使役術』とは単にメモリーのリソースを確保するための方便なんですね?」
疲れた様子で木檜に確認するのは、今回珍しくも元凶を生み出した大楽である。
「そうだ。プログラムの構造が類似したアーツやスキルを複数持った場合、それらを統合……というより、拡張プログラムに置き換えてリソースを空ける」
「上位スキルに置換した事でプレイヤーが得られるメリットは?」
「第一にスキルスロットが空く事。それと……確か【カリスマ】スキルの劣化版的な効果を得られた筈だ」
「【カリスマ】……人間への影響力を増やすやつですか?」
「NPC限定だったと思うがな」
木檜の説明を聞いて、上位スキルへの統合による影響は少ないかと判断するスタッフたち。
「すると、残る問題は【死霊術(聖)】というスキルですか」
「そうなるな……中嶌、あのあたりのログを確認したい。なんだか一気に事態が進んだようで、経緯が能く判らなかったからな」
木檜の要望に従って、中嶌が当該時点の記録を呼び出す。
「うん? 人魂をテイムした時点で死霊術を得たんじゃないのか?」
怪訝そうな大楽の質問に、中嶌が慌てて記録を確認する。
「待って下さい……あぁ、凍結状態になってますね。プレイヤーが属性魔法を持っていなかったのが原因です」
「あぁ、死霊術はプレイヤーが持つ魔法の属性を反映する仕様だから……って、ちょっと待て」
「ホビンやらオークやらの魔法を持っていた筈だぞ?」
「人外の魔法という事で、カウントされなかったようですね」
「想定外のケースだからなぁ……」
「彼が得た最初の魔法が聖魔法だった訳か……」
「えぇ。聖魔法を得た時点で、【死霊術(聖)】として解放されています」
「仮免許じゃないんだな?」
「一応人魂を使役したという事で、正式免許になっているようです」
「そういう仕様なのか? 大楽」
「あぁ。仮免許をスキップできる。だからこその裏ルートだ」
「成る程」
経緯の確認が一通り終わったところで、徳佐が疑義を発する。
「それで……要するに【死霊術(聖)】とはどういうアーツなんだ?」
徳佐の追及に困った顔をする大楽。
「どうと言われても……こういうケースはシミュレートしていなかったから……」
それは解る、という声が聞こえるが、現実問題として知っておくべきなのは事実である。どういうアーツなのか解らないと、対処の方法も考えられない。ただ、いくら考えてもイメージが掴めないのもまた事実である。
「……彼が使用するのを見るのが一番じゃないか? どうせ確認のために試行してみるだろう」
「忘れたのか? 彼はここまで【テイム】すら使わなかったんだぞ?」
「彼に任せていると、いつになるか判らんな……」
「アバターを作って実験してみるか?」
「その暇があればな……」
「いや、これは開発の連中に回すのが筋だろう?」
「どうせ聖魔法に耐性があるとか、そんなところだろうが」
「いや、それって充分問題だろう?」
聖魔法が効かないアンデッドとなると、これは相当な脅威であるが……
「代わりに闇魔法が使えなくなったりしてな」
「何の役にも立たんじゃないか……」
「いや、代わりにヒールなどの回復魔術が使えるようになるかもしれんぞ?」
「殺された連中が全員ヒールに回るのか……」
「それはそれで恐ろしいな……」
微妙な表情で考え込む一同。どうしてあのプレイヤーは斜め上の問題ばかり引き起こすのか。
「まぁ、『トリックスター』だからな……」
「運営にまで悪戯を仕掛けなくてもいいだろうが……」
ぼやくスタッフたちを横目に見ながら木檜が宣言する。
「とにかく! この件は開発の連中に至急扱いで回す。他のプレイヤーが同じ裏ルートを辿らないか、掲示板も含めて監視を怠るな」
木檜の発言にギョッとした様子のスタッフたち。
「裏ルートは閉鎖しないんですか?」
「運営側がこれ以上恣意的な干渉を続ける訳にはいかん。幸か不幸か、現状で従魔術を取っているプレイヤーの大半は、戀水女史の言う『モフモフの使徒』だろう。敢えてアンデッドに親しもうとする者は少ない筈だ」
木檜の指摘に成る程と頷くスタッフたち。
「……だったら、今少しの猶予はありますか」
「場合によっては次のアップデートで裏ルートを閉鎖するが……問題は裏ルートでなくて、【死霊術(聖)】の方だからな。単なる死霊術師が少し増えたところで、ゲームバランスに影響は無いだろう」
死霊術が保有魔法の影響を受けるというのは、死霊術というアーツの強化のためです。様々な属性の従魔を使役できる従魔術や召喚術と異なり、死霊術では闇属性のアンデッド類しか使役できません。闇魔法は――上手く使えば――強力とはいえ、戦術の幅が狭くなるのは避けられません。そこで運営側は、プレイヤーが持つ魔法のうちで最も強力な魔法の属性を、使役されるアンデッドにも与える事で、アンデッドがとり得る戦術の幅を広げる事にしました。