第三十九章 トンの町 2.教会の修繕
昼前に庭木の剪定依頼を終える事ができたので、シュウイはその足で教会に向かった。半日で終わるかどうかは判らないが、少なくとも修繕箇所を見て、簡単な下準備くらいならできる筈だと考えたのである。
「済みませ~ん。ギルドで依頼を受けてきた者ですけど~」
「は~い。……あらあら、貴方が?」
……どうせ童顔のチビだよ。
実年齢よりかなり若く――断じて幼くではない――見られる事には慣れているシュウイだが、VRゲームの住人にまでそんな反応をされると哀しくなる。
「……はい。これでも一応冒険者なので……」
「あらあら、ご免なさいね。ちょっと……その……お若く見えたものだから……」
「……いいんです。……それで、修繕が必要な箇所というのは?」
微妙になりかかった雰囲気を打ち払うように、シュウイが破損箇所についてシスターに問い質す。ちなみに先程からシュウイの応対をしてくれているのは、四十絡みのおっとり母さん風のシスターである。
「いえ……破損箇所と言って良いのかしら? 扉が開かなくなったのよ」
「え? 何か引っ掛かっているだけなんじゃないですか?」
「いえね。どうやっても開かないもんだから、神父様が窓から中に入ろうとして梯子を踏み外してね……」
「……落っこっちゃったんですか?」
「ええ。腰を打って寝たきりよ」
うわぁ……。
「だ、大丈夫なんですか?」
「お医者様は一週間ほど安静にしてたら良くなるって仰るんだけど……そろそろ鐘の手入れも必要な時期だしねぇ……」
鐘?
「あの、鐘と仰いました?」
「あら、紐は大丈夫だから、鐘を鳴らすのは問題無いのよ?」
いえ、そうじゃなくてですね……
「開かなくなった扉って、ひょっとして」
「あらあら、言わなかったかしら。鐘楼へ上る階段の扉なのよ」
聞いてませんよ。
「……とにかく現場を見せてもらえますか?」
何か……思った以上に面倒な依頼になるんじゃないか?
シュウイの予感は不幸にして的中した。鐘楼へと上る階段の窓は高い位置にあり、しかもかなり小さかった。小柄なシュウイなら何とか潜り込む事ができそうだが、もう少し大柄な、例えばタクマだと身体がつかえて入る事ができないだろう。更に、もう一つの問題があった。
「……シスター、あの窓って、施錠されてるんじゃありませんか?」
「あらあら、簡単な掛け金だから、開けるのは簡単よ?」
「……それって、外側からも簡単に開くんですか?」
だったら鍵の意味がありませんよね?
「……あら……どうだったかしら?」
駄目だ、こりゃ……。
「最悪、窓をぶち破ります。窓の方は後で直すという事で諒解願います」
「あらあら、大変、どうしましょう」
どうしましょうって、他に方法は無いんですってば!
「ちょっと神父様に伺ってくるわね」
「……そうして下さい。僕はその間に、内側から扉が開かないかどうか試してみます」
脱力感に囚われたシュウイは鐘楼基部の部屋に入り、扉が開かないか試してみたが、これがピクリとも動かない。扉の蝶番が壊れたとかではなく、どうも何かが扉の向こうでつっかえているようだ。という事は、どうあっても扉の向こうに潜り込むしかない訳で……
「お待たせしました。神父様が仰るにはそれしか方法は無いだろうって。窓の補修は気にしなくて良いから、とにかく中へ入って欲しいそうです」
ようやく方針が決まり、梯子を立てかけて窓に取り付く。かなり不安定だが、シュウイは【木登り】スキルの効果で問題無く取り付く事ができた。しばらく試してみたが、掛け金を外す事はできそうにないので、思い切り良くぶち破る事にする。借りてきた金槌で窓枠を叩くと、何発目かで窓枠が壊れて内側に落ちた。狭い窓枠を何とか潜り抜けて中に入ったシュウイが見たものは……
(うわぁ……)
軽く溜息を吐くと、シュウイは窓の所に行って、外にいるシスターに状況を説明する。
「あの~、階段の端に積んであったらしい椅子やら何かが崩れ落ちて~、階段を塞いじゃってま~す。たぶんこれが引っ掛かって、扉が開かないんじゃないかと~」
「あらあら~、どうしましょう~」
いや……片付けるしかないじゃん。
「取りあえず片付けま~す」
「お願いしま~す」
やや気の抜ける遣り取りの後で、シュウイは階段の片付けを始める。階段が狭いのと椅子の数が多いのとで中々進まなかったが、暗くなる前には何とか片付けを終えて扉を開ける事ができた。
「あらあら、お疲れ様」
「えぇ……疲れました」
壊した窓枠も修理しておき――【日曜大工】のスキルを持つシュウイには容易い事である――シュウイは依頼完了のサインを貰う事ができた。これで終わりと思っていたシュウイだったが、シスターの口から出たのは思いがけない台詞であった。
「見かけより優秀な方なのねぇ。ついでにもう一つお願いしたいんだけど、良いかしら?」
いやちょっとシスター……「見かけより優秀」……って、全然優秀に見えないって事?
落ち込みかけたシュウイであったが、気力を奮って確認する。
「もう一つって、どんな依頼ですか?」
「あらあら、簡単な事なのよ。お墓を掘って欲しいの」