第三十九章 トンの町 1.庭木の剪定
SROにログインして朝食を済ませると、昨日ギルドから教えられた場所に向かう。今日は領主の屋敷で庭木の剪定の手伝いをする事になってるからね。教えられたとおり使用人用の通用門に向かい、門番の人にギルドカードを見せて用件を告げると、やがて気忙しい様子で年輩の男性がやって来た。
「冒険者ギルドが寄越したってのはお前か?」
この人が庭師さんかな? ジロジロと僕を眺めていたけど……
「ふん。身軽そうなのは上等だ」
……悪かったね。どうせチビだよ。
庭師の人はギンディさんと名告った。銀次さんかな? 銀爺さんかな?
「難しい事はさせねぇ。儂の指示どおり枝を落としてくれりゃ良いんだ」
ギンさんの指示で僕は庭木に登り、指示どおりに枝を落としていく。昨日、ツリーフェットのボックルとトックルに木登りのコツを習ったばかりだからね。庭木に登るのなんか簡単だ。
「おぉっ……思ったより器用じゃねぇか。よし、その枝を落とす……いや、もう少し根元……あぁ、そこで良い。そこから切り落とせ。切った跡にはさっき渡した糊を塗っておけよ?」
切断面をそのままにしておくと、そこから腐ったりキノコが生えたりして木を弱らせるからね。ゴム糊みたいなのを塗って切断面を保護するんだけど……このゲーム、そういうところまで拘ってるのかぁ……。
僕はギンディさんに言われたとおり、枝を落としては切断面に糊を塗るという作業を繰り返していった。ツリーフェットたちに木登りのコツを教わったからか、自分でも驚くくらいスルスルと登る事ができている。
「いや~、お前は役に立ってくれるな。前に来たやつなんか碌に木登りもできなくてな、梯子をかけて登らせたんだが、ドジ踏んで落っこった挙げ句に枝を折りやがって。失せろと言って蹴り出してやった」
依頼失敗かぁ……。
「知り合い……いえ、友達に木登りのコツを教わったんですよ」
「良い友達を持ってるじゃねぇか……そいつを落としてくれ」
「はぁい……あれ?」
「ん? どうした?」
「ギンディさん。この隣の枝、枯れかけてるみたいですけど、どうします?」
枯れ枝の見分け方も教わったからね。
「枯れかけてるだぁ? ……先っぽを落としてみてくれ……あぁ、その辺りから先だ」
ギンディさんは僕が落とした枝先を調べていたけど、やがて顔を上げると僕に向かって問いかけた。
「おい、どこらへんまで枯れが入ってるか判るか?」
「えぇと……多分、この辺じゃないかと」
「ふん……儂が最初に切るように言った枝は生きてるんだな?」
「はい。ピンピンしてますね」
「よしっ。それじゃ、枯れかけてる方の枝を、根元から落としてくれ。残した方の枝は……」
「矯めますか?」
「かなり太く育っちまってるからなぁ……。坊主はどう思う?」
「難しいかもしれませんね。いっそ切り戻して、新しく伸びる枝に期待しますか?」
「……そうするか。よしっ、生きてる方の枝は少し先……あぁ、その辺りから切り戻してくれ」
その後もギンディさんの指示どおりに枝振りを整えていって、予定の昼前には庭木の剪定もあらかた終わった。
「いや~、お前が来てくれて助かったぜ。まさか半日で仕事が終わるたぁ思ってなかった。お前、冒険者なんかやめちまって、儂んとこで働かねぇか?」
あれ? 弟子入りクエストなのかな? う~ん、けど、やっぱり冒険がしたいしね。
「折角ですけど、やっぱりもうしばらくは冒険者を続けてみたいんで」
「そうか。まぁ、若いしな、無理にたぁ言わねぇよ。何かあったら儂んとこに来な。相談になら乗ってやるぜ」
「ありがとうございます……あ、そうだ」
昨日ツリーフェットたちに貰ったズートの芽生え、ギンディさんに相談してみようか。
「これ……昨日友達に貰ったんですけど。生えている場所じゃ大きく育ちそうにないからって……」
どれ? という顔で芽生えを見たギンディさんの顔が驚愕に染まり、目玉が飛び出そうなくらいに目を瞠って芽生えを眺めていたが、やがて顔を上げると掴みかかりそうな勢いで僕を問い詰めた。
「お、お、お前、これをどこで?」
「え、え、えと、北の森です。森の中で芽吹いて、このままじゃ枯れちゃうからどこかへ植えて欲しいって言われて……」
さっきまでの落ち着きはどこへ行ったのかと言うぐらいに取り乱したギンディさんから聞き取った内容を纏めると、ズートの木はいくら種を蒔いても発芽しない事で有名らしい。多分、種皮を覆う膜か何かが発芽を抑制していて、消化管を通らないとその膜が除去されないんだろうな。
「日当たりの良い場所へ植え直してくれって頼まれたんですけど……」
「日当たりの良い場所って……こんなちっぽけな芽生えを植えたら、すぐに食われるか踏み潰されるぞ?」
「ですよねぇ……」
いっそ、このお屋敷に植えてもらえないかな? ここならギンディさんが気をつけてくれそうだし……。さっき、相談に乗るって言質を貰ったしね。
「あの……お屋敷の隅に植えてもらう事はできませんか?」
怖ず怖ずとそう切り出したら、ギンディさんは大喜びだった。なんでもズートの実は美味しくて需要も高いのだが、モンスターたちとの奪い合いになるので、なかなか流通しないらしい。種を蒔いても発芽しないため、栽培もできない。芽生えを手に入れる事ができるなら、実力行使に出かねない貴族も多いそうだ。そんな危険物、持ち歩くのは僕だってご免だ。さっさとギンディさんに押し付けよう。
と、いう訳で、ズートの芽生えは大過なくご領主の庭に落ち着きました。一件落着と思っていたところへ、ポーンという電子音が聞こえてきた。
《クエスト「ズートの芽生えの移植」をクリアーしました!!》
え? これってクエストだったの? ……しかも、いくら待ってもクエスト報酬に関するお知らせが来ない。
……うん、これは明日にでも皆に報告すべき案件だね。