第三十八章 篠ノ目学園高校(月曜日) 3.放課後~図書室~
放課後、要ちゃんの提案で、僕たちは図書室にあるPC端末の前に集まっていた。昼休みに匠が言い出した内容について検討するためだ。
「匠君が言った内容が正しいとすれば、何らかの専門的な技術もしくは知識が、NPCからの情報やクエストを受けるためのキーになっている事になるわ」
「ただの思いつきだぞ?」
「ええ。でも、検討する価値はあるでしょう?」
「それで? 僕たちをここへ連れてきた理由は?」
「ここのPC端末、フィルターはかかってるけどインターネットに繋がってるのよ。SROのサイトに行って、NPCの職業について調べられないかなと思って」
「職業?」
「ええ。匠説が正しいなら、キーとなる知識や技術はNPCの専門知識や技術に関連する訳でしょう? あの運営なら、ちゃんと手掛かりを残している筈よ……ユーザーが見そうにない場所にね」
「……つまり、NPCの職業に関するデータの有る無しが、匠説の正否の手掛かりになる?」
「私はそう睨んでるんだけど……あった!」
サイトのトップページからSROの世界観に関するページへと進んでいた要が、目的のデータを見つけ出した。そのデータは他の統計データに混じって、何気無い風でそこに置かれていた。
「とりあえず職業一覧を人数分プリントアウトするから、各自持ち帰って、今日のログインの参考にしてみて。あと、職業以外にも手掛かりとなるデータが置いてあるかもしれないから、時間があればこのページを眺めてみて」
僕たちはプリントアウトされた一覧表を見ていく。
「……人数別になってるって事は、人数が手掛かりって事か?」
「多分だけど、人数が多い職業は無視して良いんじゃないかな。あの運営の事だから、絶対とは言えないけど」
「そうね。特殊なクエストに必要な特殊な知識。そう考えると、特殊な職業に注目するのが順当でしょうね」
「人数が少ない職業……王様が一人……」
「いや……茜……多分ソレは違うぞ」
「ゲームとして考えるなら、プレイヤーがアクセスできないような人物は無視して良いと思う」
「そうすると……薬師、錬金術師、鍛冶師……」
「その辺は生産職が普通に弟子入りしてると思う」
「そうね。もっと一般的でないような職業は?」
「お医者さん?」
「あ~……」
「ハードルが高そうね……」
「牧場主」
「結構重要そうなジョブだけど……」
「これもハードルが高そうだよなぁ……」
「吟遊詩人」
「あれ? これって、転職の候補にあるんじゃなかったか?」
「え? 匠、詩人になる可能性があったの?」
「馬っ鹿、違ぇよ。攻略Wikiに載ってたんだよ」
「泥棒さん」
「パス」
「そうね、これはパスで」
「彫金師」
「うわぁ……」
「臭いと言えば臭いんだけど……」
「これって、貴金属の入手ルートを握ってなきゃなれないよな」
「国王とか貴族のお抱えか?」
「待って。今は転職の話をしてるんじゃないわ。彫金師にアクセスできるのかどうかが問題よ」
僕は一覧表を見ていてふと違和感を覚えた。この一覧表は、なぜ人数順になっていないんだろう? いや、抑……
「ねぇ……この表ってさぁ、何の順番なのかな?」
僕の言葉に三人がぴくりと反応し、ゆっくりとこっちを向いた。
「言われてみれば……人数順じゃないわね」
「男女別でもないみたい」
「あいうえお順でも、アルファベット順でも、いろは順でもないな」
「うん。とりな順でもない」
「とり……? なんだそれ」
「鳥啼く声す 夢醒ませ 見よ明け渡る 東を……って、今説明してる場合じゃないよ。とにかく違うって事」
「お、おう……」
正解らしきものに辿り着いたのは、僕と匠の掛け合いの間もじっと表を見つめていた茜ちゃんだった。
「……ねぇ、カナちゃん。これって場所別じゃないかな?」
「場所別?」
「どういう事だよ、茜」
「うん、だって王様は後の方に出てくるし、最初の方に出てくる人は大体トンの町にいるし……」
「あれ、国王が最後尾でないのは?」
「あぁ、このゲームでは、王都が開放された後に廃都探索のクエストがあるらしいんだ」
「ありそうね……でも、庭師ってトンの町にいたかしら?」
「あ、ご領主の屋敷を管理してるらしいよ。僕、今日依頼で会う事になってる」
「……そんな依頼、あったか?」
「うん。庭木の剪定。何かご領主がお屋敷に戻ってくるのに合わせて発生した依頼みたい」
「うわ……時期限定かよ」
「茜ちゃんの言うとおりみたいね。孤児院の院長っていうのがあるけど、孤児院って確かナンの町で初めて出てきた筈よ」
「あ~……けどよ、その纏まりの中での順番は何だ? 大体は人数順だけど、所々違ってるのがあるよな?」
「茜ちゃんの指摘を考えると、そっちも判る気がする。多分、会い易さの順なんじゃないかしら」
「会い易い順?」
「えぇ。炭焼き職人って、なかなか会う機会が無いでしょう? 逆に医者は、人数は少なくても会う機会は多い筈」
「あ~……データがそういう順に並んでるって事は……」
「運営はNPCとの交流を望んでいる。そういう事でしょうね」
明治三十六年、黒岩涙香が主宰する新聞「万朝報」で、「国音の歌」としていろは歌に代わる歌を募集した際の第一席が、いわゆる「とりな歌」です。
とりなくこゑす ゆめさませ みよあけわたる ひんがしを
そらいろはえて おきつべに ほふねむれゐぬ もやのうち
(鳥啼く聲す 夢覺ませ 見よ明け渡る 東を
空色榮えて 沖つ邊に 帆船群れゐぬ靄の中)
以後、万朝報社ではこの「とりな順」を社を挙げて宣伝しましたが、普及するには至りませんでした。